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キョンの消失
一日目・放課後

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 全ての事の始まりは、春休みを迎える直前の事。
 春の到来がもうすぐといううら暖かい時期だった。

「あなたに話があります。そう、とても重要なお話が」
 SOS団の活動終了後、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべて古泉がこっそり告げてくる。
 仕方なく古泉とゲームをちょっと整理してから帰るとハルヒに言い、三人が岐路につくのを見送りだした。

「それで古泉、話ってのは一体」
 五分ほど部室で時間を潰しながら簡単に片づけをした後、古泉と二人並んで下校する。
 朝比奈さんとの下校という貴重な時間を割いてまでお前に付き合うんだ。これでくだらない話だったら簀巻きにしてそこの川へ投げ込んでやるから覚悟しておけ。
 そう釘を刺すと、古泉は笑みの中にどうにも不思議な表情を浮かべてきた。
「実はですね……今日に限り何というか不自然な、どこかに違和感を感じるんです。あなたはどうですか?」
 違和感? ハルヒがまた何かをしたというのか。
 今日一日の記憶をざっと思い出し、こうして古泉と並んで歩く今まで省みてから首を振った。

「さて、残念ながら思い当たる節はない」
 しいて言うならお前とこうして歩く事で、明日あたりお前の隠れファンからまた面倒くさい抗議を色々と受けそうだと予想できるぐらいしかない。
「それは……申し訳ありません。それよりまたって、今までにもそんな事を裏でされていたのですか」
 まぁな。色男に恋する乙女たちにはそれこそ色々あるんだろうよ。
 ただ、その色々をこっちに当ててくるのは全くもってお門違いも甚だしい事だと言いたいね。


「……今からあなたに失礼な質問をいくつか行いますが、許していただけますでしょうか」
 失礼だとわかってて聞こうというのか、失礼な。まぁそこまで言うなら仕方がない。
 違和感を探す為に必要なんだったら、一応我慢できるところまで我慢しよう。
 我慢できなくなったら迷わずにその首を絞めるけどな。
 突如吹いた強い風に身体を押さえつつ、目線のみで古泉に話を進めさせた。

「ではお言葉に甘えて。……あなた、今好きな人はいますか?」
 な、いきなり何てこと聞きやがるんだこのスカシ野郎は!
 お前相手だと言うのに思わず顔が朱に染まりかけたじゃないか。
 先ほどの契約通り、早速勢いに任せてハルヒ直伝のネクタイ首締めを古泉にかける事にした。

「いえいえ、これでも僕は真剣に話しています」
 なお問題だ。何たって好きな奴がいるかどうかがお前の違和感解消のネタになる。
 そんなに聞きたきゃ教えてやる。
 どんなに世界が間違っていても、お前の名前があがる事だけは未来永劫ない。それは確実だ。
 だから、その事実を心に刻み込みつつおとなしく涅槃へ旅立つがいい。
 サブタイトルは「超能力者よ永遠に」でどうだ。お前の人生を今すぐここで最終回にしてやろう。

「降参、降参します。ですがこの質問は必要なんです。断言してもいいでしょう」
 首を絞められ青くなりながらも、古泉がなおも真剣に話しかけてくる。
 舌打ちをしながらも仕方無く、全力でネクタイを引っ張っていた手を離してやった。
 渾身の力をこめて強く握り締めてやった結果、古泉のネクタイは痛々しくヨレヨレになっていた。
 溜息をつきながら軽く引っ張り形を直してやる。最後に手のひらで胸ごと叩くと、ぶっきらぼうに一言返してやった。
「そんなのいるか」
 全く何だってんだ。
 古泉のあまりの質問に頭をかき、風で乱れた髪を軽く整える雰囲気でその場を濁した。

「なるほど。では、涼宮さんの事はどう思っていますか。あなたは涼宮さんが好きですか。
 ちなみに友情とかの好きではなく、一人の恋愛対象としてどうかと言う意味で取ってください」
「……なあ古泉。お前それ本気で聞いてんのか?」
 額から目頭にかけてを手で抑えて頭を振る。真剣に頭が痛くなってきた。
 コイツはいつから恋愛事情に耳を挟むゴシップ記者になったんだろうね。
 そんな突っ込みに、しかし古泉は何処吹く風と爽やかさをそのままに携えしれっと返す。
「もちろん。さっき以上に重要な質問だと僕は考えています」
 あくまでいつもの爽やかな表情で、しかしその眼は確かに真剣なまなざしを向けてきていた。
 何を考えている。一体どんな違和感を古泉は感じてるって言うんだろうか。


「ハルヒの事は……Likeという意味でなら好きだ。気の合う親友以上の気持ちは、無い」
 一緒に笑って、バカやりあって、楽しんで。ハルヒ程心を許している奴は今のところいない。
 照れ隠しに顔を背けて答えると、古泉は更に突っ込んで質問してきた。
「あなたは涼宮さんと閉鎖空間に閉じ込められた時、どうやってこの世界へ戻ってきました?」
 言えるか、そんな事。思い出したくもない。
 頼むからあの時の恥ずかしい記憶だけは呼び起こさせるな。マリアナ海溝あたりに永遠に沈めておいてくれ。

「いえ。失礼ですが呼び起こしてもらいます。いいですか、もう一度お尋ねします。
 あなたは何で、涼宮さんと戻ってくる為にそんな恥ずかしいと思える手段を取ったのですか?」
 それは……朝比奈さんと長門のヒントから考えてさ。
 その点に関しては間違いないし、お前の事だからそれぐらいは既に知っているんだろ。

「はい。では更に続いて質問します。朝比奈さんや長門さんは、何故あなたに対してそのような行為、いえハッキリ言いましょう、涼宮さんに口づけを行うように示唆したのでしょう」
 ハッキリ言うなバカ野郎。お前をマリアナ海溝に沈めるぞ。
 言いたくないが、そんなの決まって……と思いかけ、言われてみれば確かに変だと感じた。
 そういえば朝比奈さんたちは、何であんな事をさせようとしたのだろうか。
 確かに古泉の言うとおり、普通に考えると少しおかしい。


 まぁおかしいと言うなら、今二人で話している会話が電波な話である時点でいろいろとおかしいと突っ込むべきなのだろうが、古泉はそんな事はお構い無しに、その電波的な会話を続行してきた。

「質問をかえます。あなたは朝比奈さんや、長門さんに対して好きという感情はありますか。
 もちろん、ここで言う好きは Likeでは無く Loveの意味でとってください」
 それならノーと言おう。
 朝比奈さんや長門に対しても、今のところハルヒへの気持ちと同じ感じで接している。

「それでは僕はどうです? あなたは、僕が好きですか?」
「……古泉。頼むから不意打ちで気持ち悪い事を言うな。それだけは絶対無い」
 なんでSOS団には朝比奈さんという至高の大天使をはじめ、ハルヒや長門と言った谷口的にAランクの方々がいるというのに、よりにもよって男のお前なんかに走らないと
「そこです」
 ぶつぶつ漏らしていた言葉をさえぎって、古泉がここで始めて笑みを隠して聞いてきた。

「今日一日のあなたの行動を見ていて、それを顕著に感じました。だからお伺いしたのです。
 どうして男の僕より、朝比奈さんや涼宮さんたちの方が自然だと考えるのですか。
 それこそ、どう考えたっておかしい話だと思いませんか」

 一拍間をあけ、古泉は続けた。



「だって、あなたは女性なんですよ?」



 至極当然十数年前から当たり前の事を指摘され、わたしは何て反応すべきかと、髪を束ねている頭のリボンをいじりながら思考をめぐらせていた。

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「……わたしが女で悪かったな。でもな古泉、そうは言ってもわたしは昔から女として生きてきてるわけだし、見ての通り身体の凹凸だって……まぁ朝比奈さんには負けるがそれなりにはあるし、来るもんだってちゃんと毎月来てる」
 あまり男に言う会話じゃないが、古泉だったら問題ないだろう。
 どうせ機関とやらは、わたしの身体の神秘のバイオリズムもご丁寧に監視しているんだろうし。

「いえ、いま問題なのはあなたの身体ではありません。精神の方です。
 例えば、あなたは僕に抱かれる姿を想像できますか。この際谷口さんや国木田さん、年上趣味なら岡田教諭とか荒川氏でも構いません。
 誰かしらの男性に自分が抱かれる姿を、あなたは今すぐに想像できますか」
 気色悪い事言うな。何でわたしが男なんかに抱かれなければならないのさ。

「では、涼宮さんや朝比奈さん、長門さんではどうですか」
 ……まぁ、お前に抱かれるぐらいなら、アブノーマルと言われようとわたしはそっちを選ぶね。
 あのふわふわした天使に抱きついて一晩過ごせるなら悪魔に寿命の半分を渡してやったって構わない。
「その時にはあなたが攻められる側ですか」
 いや何でわたしが攻められ…………いや待て、さっきも思ったが確かにおかしい。何だこの変な感情は。
 わたしはいつから、こんな女性同士で色々したいなんていう百合属性に目覚めたんだ?
 こと恋愛に関しては、わたしはいたってノーマルな思考を持ち合わせていたはずでは無かったか。


「古泉。まさかわたしがこの、何ていうか、百合属性に目覚めてるのが、お前の言う違和感なのか?」
 考えたくない事だが、ハルヒがわたしとそういう怪しい関係になりたいと考えた末、わたしの萌え属性がこうなってしまった……とでもいうのだろうか。だとしたら勘弁してもらいたい。
 いくら人とは違う道を進むハルヒでも、恋愛ぐらいは健全でノーマルな男女交際をした方がいいぞ。

「かなり近い答えですが、僕の考えているモノとは少し違います。
 僕はあなたが女性である事、それ自体が今回のダウトではないかと考えているんです。
 あなたの正体は王女ではなく王子である。いえ、王子でないとおかしい。
 そうでなければ、あの時の朝比奈さんたちのアドバイスに理由が見出せません」

 それはまた随分と暴力的な考えだな。
 つまり、わたしは実は男で、しかもハルヒと多少なりとも好意関係にあったと言うのか。
 だからこそのあの時のあの────キス、行為が鍵になった、と。
「ええ。突飛も無い意見ですけど、これが一番しっくりくる答えだと僕は思います」


- * -
「長門の意見は? お前の事だから既に何かしらアプローチをしてみたんだろ?」
 こいつが何も手を講じずにわたしに話を振る事なんてまず無い。
 ある事象に対して、誰がどの立場で何をできるか。
 それを計算し実行するのがコイツの性分だという事は、既に何度も思い知らされている。
 その頭の回転を何でゲームに活かせないのかは未だに謎だが。

「ええ。ですが回答は得られませんでした。元々彼女は観察者の立場にいます。外敵要素からはSOS団を全力で護ってくれるでしょうが、涼宮さんの行為に関してのみ、彼女は常に中立の立場を取ります。僕達が異変に気づき、それを指摘した場合はちゃんと教えてくれますけどね」
 確かにエンドレスなあの時はそうだった。でも今でもそうなのか?
 わたしには今の長門がそこまで冷たい奴のままでいるとはとても思えない。

「そうですね。涼宮さんの超常行為の結果あなたに甚大なる被害が訪れる場合、彼女は迷わず動いてくれるでしょう。ですが今回は別にこれと言って問題があるわけではありません」
 いや、男子が女子にされるなんて十分すぎるぐらい問題だと思うぞ、普通。

「とにかく僕ではダメです。そこで、あなたから長門さんに状況を聞いてみては貰えませんか。
 あなたなら長門さんの真意も読めるのではないかと思っていますので」

 全く何てこったい。
 まさか今の今まで生きてきた、命短し恋せよ乙女な人生を全否定される日が来る事になろうとは。
 顔の良し悪しはともかく、こう見えてこのわたしの頭の後ろでなびくポニーテールとか、こっそりと手入れしていたネイルケアとかには、わたし的に結構自信ある部分だったんだが。
 この感覚が虚像だったとなると、流石のわたしでもちょっと落ち込むね。

「いえいえ、そんなに悲観しないでください。
 いい機会なので正直に言います。僕から見て、あなたはかなり魅力的な女性だと常日頃から思っていました。
 涼宮さんや朝比奈さんとたちとは違い、あなたにはあなただけが持つ輝きというものがあります。
 もしあなたが男性ではというこの見解が間違っていたなら、別の機会にもう一度、あなたにちゃんと告白する機会を与えていただきたいとすら、思っているぐらいです」
 それだけは丁重にお断りする。
 お前とラブラブに抱き合うぐらいなら、そこいらのカマドウマにでも乙女の純情を捧げるよ。


「……でもまぁ、お友達としてぐらいなら、お付き合いをしてやってもいいけどな」
「恐縮です、姫君」
 そう言って古泉はいつもの紳士的笑みを浮かべてきた。

 正直、その時の古泉の表情はちょっとだけ悪くないと思った。



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