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キョンの消失 四日目・午前四時五十五分・B |
_ | _ | - * - 少しして、北高の制服を着た男がわたしの前に現われた。 こいつがわたしのオリジナル……だよな? あまりの普通さ平凡さに思わず突っ込みたくなる。 仕方なくわたしはその男に問いただしてみることにした。 「……お前がジョンか。なんだか冴えない男だな」 「ハルヒに何をした」 問いには答えず、その男はあからさまな敵意を向けてくる。 どうやらジョン──つまりキョンであり、わたし自身で間違いないらしい。 「大丈夫、眠ってもらってるだけさ。これからの事をハルヒに見られるのは、わたしにとってもお前にとっても宜しくないだろ」 抱いていたハルヒを傍のベンチにそっと寝かせながら、ぶっきらぼうに答える。 目元に光るモノをぬぐってやり、最後にもう一度頬をそっとなでた。 そのままゆっくりとキョンの方を向く。キョンは既に鈍色の金属光沢を放つ銃をわたしに向けて構えていた。 「あの時の銃、か。……これを向けられた時、お前もこんな気持ちだったのか。長門……」 呟いてわたしが、いや目の前のキョンが消失させてしまったあの長門をふと思い出していた。 「ジョン。……お前、ハルヒが好きか」 わたしはキョンに聞いてみた。わたし自身は既に答えを出し、その答えをハルヒに告げた。 はたしてコイツはどうだろうか。 ハルヒを異性として捉えてきたこのキョンは、はたしてハルヒの事が好きなのだろうか。 キョンは少しの間だけ動きを止めると 「……ああ。俺自身まだよくわかってないが、多分、好きなんだと思う」 いかにもキョンらしい答えを返してきた。 「そう」 十分だった。身体は違うけど、わたしはお前と同位体になる。だからその心はよくわかる。 わたしは少しだけ微笑むと、キョンの構える銃の射線軸上からハルヒを外すように、ゆっくりと動いていった。 そしてポケットからあのアーミーナイフを取り出し見せつける。瞬間、明らかにキョンの顔色が変わった。 当然だ。持っている自分が見てもぞっとする。 かつて二度にわたりわたしの命を狙った、あの朝倉のアーミーナイフ。 一つだけある仕掛けが施されているが、それ以外は全く同じものなのだから。 - * - 「どうした、撃たないのか。お前がわたしを撃たなきゃ、わたしがお前を殺す」 そういって挑発するも、キョンは撃つ事を躊躇う。まぁ、普通はそうだよな。 わたしだってきっと躊躇うさ。 でも、お前はもう躊躇っちゃダメなんだ。そんなのはあの日に捨てると決意したはずだ。 わたしはナイフを握り締めながら、にっこり笑って話しかけてやった。 「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」 なるたけ軽い笑顔をみせ、一度目の朝倉の台詞で斬りつける。 「長門さんを傷つけるやつは許さない」 なるたけ深い笑顔をみせ、二度目の朝倉の台詞で斬りつける。 「ジョン、今の気分にはどっちの台詞がお望みだ?」 あの時の記憶を呼び覚まされたか、キョンの表情がみるみると変わっていく。 それでもまだ、キョンは引き金を引かなかった。何でそんなに躊躇うんだ? もしかして……キョンはわたしが誰かとか何も知らされていないのか? だとしたらキョンに撃たせるのはわたしの役目になる。 わたしは期待外れと感じた視線を放ち、仕方なくキョンの、わたしの一番痛い部分を突きつけてやった。 - * - 「……ここまで挑発してるのに、まだわたし撃つのを躊躇ってるのか。やれやれ、期待はずれもいい所だな」 そう言い捨てるとキョンに近づく。銃を構えなおすがおそらくただの牽制だろう。 わたしはここぞとばかりにキョンの頬を思いっきり叩いてやった。 「ふざけるな! 言ってやるが、その気持ちは優しさなんかじゃ決してない。 今のお前は、ただ自分可愛さにダサい臆病風にふかれてるだけだ!」 思い出せ、お前が背負っているのはお前自身の事だけじゃないはずだ。 「お前がその銃を撃たないってことは、お前は自分の感情を抑えながらその銃を渡してくれた長門の事も、胸に悲しみを抱きながらここへお前を連れてきてれた朝比奈さんの事も、全く信用してないって事になるんだ!」 そうだろ。今のお前の行為は、あの消失した長門すら裏切っている。 そういえばあの時も、結局わたしは撃たなかったんだったっけ。銃を拾い引き金を引いたのは長門本人だ。 淡々としていたが、あれは自分自身に決着をつける為だったのではないだろうか。 ならばわたし達も自分自身で決着をつけなければならないだろう。 「その銃は時空改変のプログラムに過ぎない。本物の銃じゃない事はお前が一番よく知ってるはずだ。 その銃すら撃てないって言うんだったら、そもそもお前はあの時エンターキーを押すべきじゃなかったんだ。 そしてこんな馬鹿げた設定や怪しげな陰謀が渦巻く混沌とした世界じゃなく、あの長門が作った優しい世界の中で、みんなと仲良くただ平和に過ごしていればよかったんだよっ!」 宇宙人、未来人、超能力者、そんな連中がいる世界のリスクもあの時考えたよな。 だがキョン、お前は自分でこっちを選んだんだ。 こっちのメンバーこそが、お前の本当の仲間たちだったから。 「お前、長門が処分されるかもと聞いた時、ハルヒをたきつけてでも救いだすと言ったよな。 立派な決意だが、あの後雪山でお前はいったい何をした? 始めて会った時からずっと、お前は朝比奈さんを魔の手から護ってみせると思ったよな。 じゃあ朝比奈さんが誘拐された時、お前はいったい何が出来た? 自分には何の力も無いとかただの一般人だとか、そんなベタな言い訳で自分を言い聞かせるだけで、お前は何もしてないじゃないか!」 お前の考えなんて手に取るようにわかるよ。 お前が今まで口にした事、してきた事だって、わたしには全部お見通しなんだ。 お前がどんなに自分の無力さに苛立ったかも、そんなことを考えている間にも、他の団員達が危険に見まわれる行動を起こしているかもと何となく感じ、柄にもなく時に眠れぬ夜を過ごしたかも。 何せキョン。わたしはもう一人のお前なんだから。 自分の一番痛い所は、自分が一番よく知ってるさ。 でも、だからこそあえてお前に言ってやるよ。 「結局お前は全て他人任せで、ただ楽しい所だけを味わいたかっただけなのさ。 あの時のハルヒや、冬の時の長門の様に、自ら動いてみようだなんて事は無い……退屈な男さ」 そんな事は無いよな? そんなのは気分が落ち込んだ時とかにだけ時々思う、ただの気の迷いだよな? 自分の内面とこうしてサシで語り合えるなんて、めったに出来ない事だぜ? たしかに今回みたいにどろどろした話が年中続くのは勘弁してほしいけど、でももう少しぐらいお前を慕う連中の苦労を背負ってやろうぜ。 わたしがこの三日間で感じ取った、お前に対するみんなの思いを破格のサービスで教えてやるから。 だから、さ。 「ハルヒや長門や朝比奈さんや古泉に甘えるのも、いい加減にしろっ! ジョン=スミスっ!」 全てを言い切った直後、わたしはこの三日間の記憶を情報化したナイフをキョンに突き立てる。 これでわたしの思い出は全て本物に渡ったはずだ。後は。 直後自分の腹に軽く、それでいて全身に響き渡る一撃を受けていた。 - * - その瞬間、一瞬にして視界が白く輝きだした。 『そういうあんたはどーなのよ。男作って楽しめとかいうなら、あんたが作って試してみなさいよ。 『何言ってんだ、お前は俺的ランク外だぜ? って冗談冗談。俺は友人は全部ランク外扱いにするって掟を立ててんだよ』 『あぁ、その『総理』って書いてあるケーキがわたしからのだ』 『わたしがお嫁にいけなかったら、キョンさんずっと一緒にいてくれますか……』 『キョンは昔から変な女だったからねぇ。でもさ、涼宮さんとは気が合うんじゃない?』 『どーしてもっていうなら、あたしでもいいけどさ。それともまさか……キョンみたいな平々凡々が好みなの?』 『メガネない方が可愛いぜ。わたしにはメガネ属性なんて無いしな』 『お譲ちゃん一人かい? お譲ちゃん一人でストーブ持って帰るの、つらくないかねぇ』 『涼宮さんは、あなたを選んだんですよ。女性同士でも子供ができる世界なら、何も問題ありません』 『バニーガールよっ! あぁ、安心して。別にあんたには色気なんて無いものねだりしないから』 『谷口ッ、国木田ッ! 男子連れて教室を出ろッ! 今すぐ急げッ!!』 『これからはあなたに涼宮さんへの連絡とか任せるわ。女の子同士、仲良くしてあげてね』 『キョン、じゃんじゃんボールあげていいわよっ! 阪中さんたちもね! あたしが全部叩き込んであげるわっ!』 『やぁ、キョンちゃんとそれに相手にされないお友達たち、いらっしゃ〜いっ!』 繭の中に逆立ち状態で閉じ込められたらこんな気分になるだろうか。 『──おつかれさま、キョン』 天地もわからずただ情報と衝撃の濁流に飲み込まれ、わたしの意識はゆっくりと途絶えていった、 _ | _ |
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