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キョンの消失 四日目・午前五時 |
_ | _ | - * - 何もない真っ白の世界。先ほどまでの喧騒が全く感じられない静寂。 そこにわたしは立っていた。 「……よう、キョン」 白い静寂を破り、後ろから声がかかる。振り向くと、そこには本物のキョンが立っていた。 「お前と少し話がしたい。いいか」 「……ああ」 キョンはわたしの顔を見て、髪へと視線をのばし、身体の方へ軽く落としてから、再び顔に目線を戻してきた。 「全く、そんな格好してるから全然気づかなかったぜ。……まさかお前が俺の女版だったとは驚きだ」 肩をすくめてキョンが語りかけてくる。 いったい何がどうなっているんだ。この白い世界は何なんだ。なんでわたしとお前がこうしているんだ。 「ああ、この状況か? 今この世界の外では長門が改変してる最中のはずだ」 ……そうか。それならいい。わたしが消えるのももうすぐって事か。 わたしは自分の身体を見つめ、そして白い天を仰いだ。 「お前は、消えないよ」 そうキョンは呟いた。……って、何だって? 今、お前は何て言った? 「お前は消えない、そう言ったんだ」 キョンはわたしをじっと見つめながら話してきた。その顔には、これ以上無い優しさが浮かんでいる。 「確かにお前がキョンとして生きた世界は消える。お前もキョンではなくなる。だが、それだけだ。 お前は消えない。改変後の世界で、お前はキョンではなく、また誰の代わりでもない、お前として生きてもらう事になる」 話が全く見えなかった。いったい何がどうなったらそんな話になるのだろうか。 いくらなんでもわたしが存在してたらまずいだろ。 「何でだ?」 「いや、だって……」 「仕方ないだろ。これは団長以下長門、古泉、朝比奈さん、そして俺とSOS団全員の意見なんだから。もう誰にも覆せねえよ」 お前も? 何でお前まで反対するんだ。お前が一番わたしを消さなきゃならない存在のはずだろ。 そう聞くと、キョンは逆にちょっとだけ機嫌を悪くした表情を浮かべ、わたしの事を指差して返してきた。 「あんな言われっ放しで勝手に逃げられてたまるか。誰が臆病風に吹かれた退屈な男だって? そこまで言うなら俺の記憶から知るんじゃなく、お前自身の目で確かめさせてやる。…………だから、消えるな。 それと、やれ消えるだ消失だとお前は言ってるけど、俺の記憶があるんならちゃんと覚えておけ。お前は前にこう言ったハズだ」 キョンは指してた指を引っ込めると腕を組み、ちょっとだけ偉そうな雰囲気を見せて言ってきた。 「ハルヒは何があろうが、人が死ぬなんて事絶対に望まないって」 孤島でわたしが古泉に言った台詞だ。 …………そっか、そう言えば、そうだったっけ。 「だから消失は諦めろ。どんな姿になろうとも、キョンはハルヒには逆らえない運命なのさ」 何度も封印しようと思ったあの口癖と共に、キョンは少しだけ自虐的に微笑んできた。 「……っは、ははっ、ははははははははははっ! そうか。ハルヒが望まないのか。それじゃ確かに仕方ないな」 「ああ、仕方ないだろ?」 わたしに合わせてキョンも笑ってくる。 そうだな、仕方ないな。そう何度も言いながらわたしはただ笑い続けていた。 - * - 「お前の持つ俺の記憶は全て封印させてもらう。その代わりとなる記憶や環境は再改変にあわせて用意される。 ただ……お前はハルヒや俺と同級生にはなれない。訳あって別の学年になる。自覚はないだろうが、それは覚悟してくれ。 その上で、お前は四年ぐらい前から今日までの間で好きな時点から、こちらの世界で暮らしてもらう事になる。 四年前以上はちょっと無理らしい。どこぞのハレハレ神様が次元断層を作っちまってるんでな」 そうか、やっぱりわたしの記憶は無くされるのか。 ……それは、わたしという存在がここで消失するという事とどう違うんだろうな。 「無くなるわけじゃない、封印だ。消去されたら復活しない。だが封印は解ける可能性がある。 ……いいか、封印されたら忘れてしまうだろうが、それでも心にしっかりと刻んでおけよ」 キョンはわたしの肩を掴むと、まさに心に刻み付けるかのように語りだした。 「ある条件を満たせば、お前と長門、古泉、そして朝比奈さんの記憶の封印は解ける。 その時点でハルヒの封印は解けないが、望むのなら長門に頼めば何とかしてくれるはずだ」 で、その条件とは。 「……鍵をそろえよ、だ。意味はわかるな? 期限はない」 鍵をそろえよ……。それはまた難しい条件をつけられたものだ。ハルヒと学年違いでこの条件か。 朝比奈さんと同じならいいが、更に離れるとちょっときついかもしれない。 だが、確かに鍵をそろえられる状況でなければ、ハルヒやみんなとあの部室にいる状況が起こせないのなら、この記憶はそんなわたしの人生にとって必要ないものとなっているのだろう。 「以上、説明は終わりだ。あとはお前がどこからスタートするか、だ」 「……できる限り、一番過去から頼む。記憶ぐらい自分で作りたい」 わたしは即答した。中学ぐらいからスタートになるが、わたしの時間が長い方が可能性は増える。 と同時に、わたし自身がゆっくりと輝き始める。銃を喰らった時とは違い、暖かい感じに包まれてる気分だ。 「──悪かったな。今回は俺のせいで──」 光の渦の外で、キョンが何かを言っている。 「戻ってきたら、おごってやるから──」 キョン……わたしは、あの場所へ戻ってこられると思うか? 「ああ、それは大丈夫だ。何せお前は──────」 全ては、そこで途切れた。 _ | _ |
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