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急転
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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 俺と長門、そして光明寺と観音崎の四人は『機関』の用意したミニバンに乗り込んで《神人》の待つであろう現地へ向かう。
 対《神人》のエキスパート古泉は
「申し訳ありません。僕は別の場所へ向かわねばならなくなりました」
 そう言い残しバンに乗らなかった。いったい《神人》討伐に優先される用事って何なんだろうね。
「わたくしの方は詳しくは知らされておりません。ですがこの《神人》討伐に並ぶぐらい重要な任務なのはわかります。数少ない能力者の一人である古泉を送り込むぐらいなのですから」
 バンに同乗しているメイド姿の森さんが答える。古泉に代わり、今回は彼女が俺たちと一緒に行動し、みんなのサポートと『機関』との橋渡しをしてくれるのだそうだ。
 ところで何でメイド姿なんでしょうか。
「それは、そうですね。禁則事項ということにしておいてください」
 どうも今年の流行語大賞は『禁則事項』で決定のようだ。

 朝比奈さんにはあの後少ししてから連絡がついた。
『ご、ごめんなさいキョンくん、わたし慌てちゃって……。えっと、こっちは大丈夫です。
 あ、その、涼宮さんは全然大丈夫じゃないんですけど。でも応援が来てくれました』
 古泉がそっちにつきましたか。
『はい。それとEMPの人も一人来てくれています。えっと、さいばー何とかって能力者だそうです。……あ、ちょっと長門さんにかわって欲しいそうですよ』
 何でそのEMPのさいばーさんは長門を知っているんだと考えつつ、俺は長門に電話を渡す。長門は一言二言相手に何かを告げるとすっと目を閉じた。

「……涼宮ハルヒならびに朝比奈みくると同席する者に対し、電子ネットワークを通じた接続を確認した。彼女は自分の事を志賀侑里と呼んでいる」
 ややあって長門が再び目を開けると、携帯を俺に戻しながら告げてきた。
「志賀侑里ですって!?」
「なるほど……確かに条件は揃ってるからね。彼女がいたって別におかしくはない」
 結局登場人物が更に増えた。その志賀さんとやらはお前たちの知り合いなのか?
「彼女の友人の友人さ。直接面識は無いけれどね」
「しかし、侑里さんは何故涼宮ハルヒさんの家にいるのです? 訳がわかりません」
 全くだ。
「経緯は俺にもわからない。でも、そこにいる事が彼女の必然なのだろう。俺たちがここにいるのと同じ理由でね」
 観音崎が長門をみる。長門は小さく頷くと、
「わたしと彼女を介する事で、どのような状況下においても双方向通信が可能」
 よくわからんが、朝比奈さんたちといつでも連絡が取れると考えて構わないのか。
「構わない。閉鎖空間内からでも問題ない」
「それは頼もしい話です。これで万が一の時でも外界との連絡手段が断たれる可能性が低くなりましたね」
 森さんは薄く微笑むと、再び誰かへと電話を掛けだす。彼女は彼女なりに、そして『機関』なりに色々作戦を練っているのだろう。

『キョンくん。こっちはわたしたちが何とかします。ですからキョンくんは《神人》さんの方をお願いします。
 ……本当にお願いします、キョンくん。涼宮さんを、助けてあげてください』
 わかってます。そこで看病する朝比奈さんのためにも、そして苦しんでいるハルヒのためにも。
 このメンバーの中で何ができるかわからないけれど、俺もやれる事はやろうと思います。
 朝比奈さんからの激励に、俺は力強く答えた。


- * -

 バンの中で俺たちはこの異常事態について話し合っていた。
「先ほど申したとおり、私たち『機関』の『超能力者』の力は閉鎖空間限定です。《神人》の顕在化に際して、《神人》の近くでなら能力者たちの能力も使用可能かもしれないと期待されましたが……やはりそう旨い話はないようです。先に現場に到着しているわたし達の仲間が確認しました」

 森さんが力なく、それでも微笑を絶やさずに教えてくれる。案外古泉にあのアルカイックスマイルを教えたのは彼女なのではないだろうか。
 まあそれはともかくだ。つまり古泉のお仲間である超能力者たちは、《神人》を倒す為のあの紅い力は全く使えないと、そういう訳ですね。
「はい、そうです」
 長門はどうだ。お前なら《神人》を倒す事ができるんじゃないのか。
「情報統合思念体は、あなた達が《神人》と呼ぶ存在も涼宮ハルヒの一部と認識している。
 わたしがあの存在に直接干渉する行為は禁止されている」
 それで今まで《神人》へは不干渉だったのか。妙な部分で俺は納得した。
「という訳で、我々が《神人》へ対抗できる手段は全く無くなってしまった……と、本来ならばなっていた事でしょう。ですが──」
 言葉を受け、この為に俺たちの元へとやってきたのであろう、光明寺が頷く。
「ええ。その《神人》と呼ばれる存在が想念体と同じ存在であるならば、わたくしの出番なのでしょうね」

「光明寺さまにお一つお伺いいたします。光明寺さまが過去に退治された想念体で、最大の大きさは一体どれくらいのサイズでしょうか」
「最大ですか……教室程度の大きさでしたら倒した事がありますわ。それが」
 その回答に俺は苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる。森さんをみると表情自体は変わっていないが、やはり同じような気持ちなのか、俺のほうを見つめて薄く微笑んだ。
 想念体の標準サイズがどれくらいの大きさなのかは知らないが、やはり《神人》と比べると明らかに小さすぎるようだ。
 何せ《神人》は────

「光明寺さま、そして観音崎さま。《神人》と会う前に先にお二人にお伝えしておきます。
《神人》とは十数階のビルに匹敵する大きさを持つ、まさに巨人といった存在なのです」
「……なんですって? 今、何とおっしゃいました?」
 光明寺の表情が目に見えて固まる。隣に座る観音崎の顔からも笑みが完全に消えた。
「無駄だと思うけど、あえて聞かせてくれ。……本当なのかい、それは」
「はい、我々も常にその存在自体嘘であって欲しいと思っていますが、本当の事です」
 観音崎は空を仰ぐ。ミニバンなので天井しか見えないと思うが、別に天井を見たい訳ではないのだろうから構わないだろう。

「光明寺さま。数十メートルの巨人、光明寺さまのお力で何とかできますでしょうか」
「……倒せるかどうかと聞かれれば、わからないと答えるしかありません。心に正直に言うならば、そんな化け物サイズの想念体がいるなど、わたくしは知りたくもありませんでしたわ」
 目をつぶり、膝に置いた手を握り締める。それでも背筋を曲げたりせずピンとしているのは、彼女の心が気丈な証拠か。
「ですが」
 光明寺は目を開く。そこにはある種の強い決意が現れていた。
「力ある者が逃走すれば、力無き者が虐げられます。それはわたくしの知る常識において、許されるべき道徳ではありませんわ
 何故わたくしにこのような力があるのか────それは当然『力を使う』ためであり、それ以外に理由など無く、また必要もない。
 これがわたくしが班長より教わった、心の底から共感できる数少ない言葉です」
「そう言ってもらえると助かります。我々も、そしてこの世界も」
 森さんは憂いを消した微笑を浮かべてきた。


 さて、何で一番の役立たずというかどう考えたってお荷物確定の俺が、この超常集団の集う対《神人》攻撃部隊にいるのかというと特に殊勝な理由があるわけでもなく、
「あなたが必要」
 と長門に言われたからである。
 そうでもなければ俺は自分の領分をしっかりとわきまえ、わざわざこんな危険極まりない戦場へと赴くバンになど乗らず、今頃ハルヒの見舞いにでも向かっているところだ。
 ところで長門よ。もうこれで何回目なのかわからないがもう一度聞かせてくれ。

 俺は本当に必要なのか?

「必要。あなたがここにいる事、それが涼宮ハルヒを救う事になる」
 どういう計算でその答えが導き出されたのか、長門はきっぱりと言い切った。長門がそう言うのなら俺は従うしかない。俺に何ができるのかはわからないが、こいつが俺に言う事は正しい。それだけは絶対に疑ってはならない部分だ。

「……見えてきました」
 森さんの言葉に全員が窓の外を見る。かつてハルヒの陰謀の元、俺たちが宝探しを行った鶴屋家所有の山。その山頂で木々に足元を隠しながら、まるで空に浮かぶ人影のように、直立不動の黒い巨人が下界を見下ろしていた。


- * -

 すでに『機関』の力によって《神人》の立つ山を中心にかなりの距離に避難勧告が出されている。
「表向きは映画撮影と言う事になっています。報道規制は十分に行っておりますわ」
 それがありがたい事なのかどうだかわかりませんが、世間への騒ぎはやはり小さい方がいいんでしょうね。できれば俺も逃げ出したい気分でいっぱいですし。
 ところで森さん、一つ聞いても宜しいでしょうか。
「何でしょう」
 俺は過去二回しか見たことが無い上に二度目の時は観察してる暇すらない状況だったので聞くのですが……《神人》ってあんな姿でしたっけ?
「いえ、違います。あれが《神人》なのは確実なのですが、少なくとも『機関』が今までに知る《神人》ではありません。『機関』の見解では亜種、あるいは《神人》の新しい形態なのかもしれないという声もあがっているようです」
 流石に新種はヤバイでしょう。せめて亜種かアルビノ程度にしておいてください。

「……想念体、ですね」
「ああ。流石にこんな化け物的なヤツは始めてみるけどね。あの班長が見たら狂喜乱舞して勝手な行動を取りまくっていただろうね」
「ええ。あんなのがいたら事態が悪化するだけですわ。いなくてせいせいしてます」
 光明寺が少しだけむきになる。どうも班長とやらは光明寺に対してNGワードのようだ。
 どこの世界もリーダーには苦しめられるものなのさ。


 対《神人》作戦はこうなった。
 長門と光明寺の二人がコンビとなって《神人》に近づく。そしてある程度近づいた所で光明時が攻撃。長門は防御とサポートを行う。
 それに離れて俺と観音崎。観音崎には攻撃手段がないが、防御障壁が展開できる事から前後の中継に入ってもらう事になった。俺が観音崎と一緒なのはこの《神人》攻撃の間、ヘタな場所に避難するよりはこいつの障壁に守られていた方が安全だと判断されたからだ。

 彼らのリボンによる障壁の強度は既に検証済みで、彼らは先の実証実験で数発の銃弾と長門の強烈な一撃をその障壁で見事防ぎきってみせた。
 防御に関しては問題ない。後は光明寺の蛍火次第だ。
『我々機関の方も、ありとあらゆる攻撃手段を用いて殲滅行動を開始します』
 耳につけた通信機から森さんの声が届く。森さんは機関と合流し戦闘態勢を引いていた。

『──頑張りましょう。まだ明日を後悔なく捨てられる程、わたし達は生きていません』
 わかっている。そんなのは当然の事だ。大体一高校生たる俺たちにこういう怪獣大戦争は似合わない。
 俺たちは明日以降も、いつも通りハルヒを交えて笑いあっていればいいのさ。


『連絡。涼宮ハルヒの状態に変化発生』
 長門の声と共に前方二人が動きをみせる。光明寺が手のひら大の蛍火を生み出しているのが遠くからでも見てとれた。
 同時に今まで沈黙を守っていた《神人》が右手をゆっくりと振り上げ、左足を踏み出す。
 そのまま《神人》振り上げた右手を斜めに勢いよく下ろす。右手の軌道上にあった木々の殆どはその勢いで吹き飛び、また残った木々も例外無く全てなぎ倒れていた。


『────こちら第三EMP学園妖撃部、光明寺茉衣子。攻撃を開始致します!』
 光明寺が生み出した輝く蛍火、その第一射が漆黒の影の如き《神人》へと撃ち放たれた。


- * -

 《神人》のサイズ対比で見ると線香花火の灯火程度しかない蛍火は、《神人》の身体にあたるとパンッという音と共にはじけた。意外に大きな爆発になったのか、蛍火がぶつかったあたりの黒い肌が青白く円状に輝いている。だがそれも僅かな間の事で、まわりの黒い部分が青白い円を侵食し、すぐにもとの漆黒な状態に戻ってしまった。
『攻撃は効いています。光明寺さん、続けてお願いします』
『わかっていますわ! 後ろのお二方、お気をつけて。少々派手に撃たせてもらいます!』
 言うなり《神人》へ伸ばされた光明寺の指先から立て続けに蛍火が撃ち出される。
 一点集中と機動力削減を狙っているのか、全弾を左足の太もも部分に対して集中砲火。
 《神人》は踏み出していた左足をガクッとさせて立てひざをついた。
『どうですっ!』
「上だっ、光明寺!」
 《神人》が立てひざをついた勢いを利用し、左腕を長門と光明寺目掛けて勢いよく振り下ろす。
『くっ、ばりやー展開っ!』
『…………』
 二人がそれぞれ障壁を生み出し左腕を防ぐ。直接的な衝撃は二人の防御障壁で防いだものの、地面に伝わる振動で光明寺がよろめいた。長門がとっさに手を伸ばしてそれを支え、光明寺が転ぶのを寸前で防ぐ。

『た、助かりましたわ。礼を申し上げます』
『いい。それより、来る』
『え?』
 声につられ光明寺が、そして後ろに立つ俺と観音崎もまた《神人》を見る。《神人》は目の前の二人を敵と認識したのか両手を振り上げ、その驚異的な質量を二人に対して次々と交互に振り下ろしてきた。

『きゃああ──────────っ!!』
「光明寺っ!」「長門っ!」
 光明寺の悲鳴に俺と観音崎の叫びが重なる。もどかしい事に俺と観音崎も地面に伝わる振動のせいで、二人の元へ駆けつけるどころか立っていることすらできていない。
 くそっ、これじゃ本当に役立たずじゃねぇか! 森さん! 観音崎! 何とかならないのか!
『APFSDSや対戦車ミサイルなら既に使用しています! ですが、《神人》に対して気休め程度にもなっていませんっ!』
「さっきからやっている! だが何も起こらないんだ! おい、本当に俺に能力が残っているのか!?」
 そんな事俺が知るわけないだろ! くそっ、長門! せめて場所を移動しろ!

『それはできない』
 長門はあっさりと俺の意見を否定した。どうしてだ。お前ならば光明寺を抱えてその場を移動ぐらい難なくできるだろう。
『わたしたちが移動したとき、この存在があなたを狙う可能性がある』
 長門は遠くからこちらを見つめて言ってきた。何てこった、長門は俺たちの為に盾になりその場を移動しないと言うのか。
「だったら俺たちも連れていけばいい! とにかく撤退しろ!」
『わたし達が全員撤退すれば、この存在は何を始めるか予想できない』
 長門はこちらを見つめたまま小さく呟いた。


『────だが涼宮ハルヒが生み出したこの存在が、世界を次々と蹂躙していくのは事実。
 その現実を、あなたは受け入れられる? わたし達が撤退すると言う事は、あなたがそれを受け入れるという事になる。でも、あなたはきっとそれを望まない。
 それにこの存在が涼宮ハルヒに影響を及ぼしているのは明らか。何らかの対策が必要』

 長門はそう言葉を締め、再び《神人》の方へと視線を戻した。
 正直、俺は何も言い返せなかった。


- * -

『もう大丈夫ですわ、長門さん。そのまましっかりわたくしを支えていてくださいませ。
 攻撃を再開します!』
 光明寺から蛍火が射出される。振り下ろされる両腕に対しとにかく撃ちまくるという、狙いもへったくれもない乱射状態だ。その攻撃に《神人》の動きが鈍るも、《神人》の攻撃自体は止まらない。
『……長門さん、どうか正直におっしゃってください。わたくしのこの攻撃で、あの巨人を倒せると思いますか?』
 次々と蛍火を撃ちながら光明寺が尋ねる。長門は一呼吸分だけ時間を取ると絶望的な回答を述べた。

『あの存在が回復する速度はあなたの攻撃が与える損傷度を上回っている。この攻撃のみでは不可能』
『……やはりそうですか。さてどう致しましょう。こうなってはもう機械仕掛けの神にでも祈るしかないでしょうか?』
 そう言いながらも攻撃を続ける。無駄だとわかっていても止めるつもりはないらしい。

「無茶だ、光明寺! 一度退いたほうがいい!」
『この振動の中をですか? 長門さんが退くと言わない限りそれは無理と言うものです。それに、わたくし自身この場を退くつもりなど毛頭ありませんわ。無駄になっているとはいえ、想念体にダメージを与えられているのはわたくしのこの力のみ。そのわたくしが退いて、一体誰がこの想念体を倒すというのですか』
「無駄だ! キミはどこかで期待しているのかもしれないけど、いくらあの班長さんでもここには絶対にやってこられない!」
 俺たちは地面の振動で転がりながらも、地道に長門たちの元へと向かっていた。

『…………わかりませんわよ。あのでたらめな存在の班長の事、もしかしたら意外な所から現れるかもしれませんわ。そして、そのような可能性がほんの僅かでも残っている限り、わたくしは無様な姿をみせる訳には参りません。
 万が一そんな醜態を晒している姿をあの班長に見られようものなら、わたくしはその場で班長をくびり殺した上で自害します!』
 もはやムチャクチャな理論で光明寺が撤退を拒否する。だが観音崎も必死だ。

「キミだって感覚的にわかっているんだろう! ここは俺たちの世界から見て異世界とかそんなレベルの場所じゃない。ここは……俺たちがいた世界よりも『遥か上位』の世界なんだ。俺たちの世界から何かが来るなんて絶対に無理なんだよ!」
『──それでも、です。わたくしは生徒自治会保安部対魔班、その班員なのですから』

 ダメだ、意志が強すぎる。観音崎の言葉で光明寺を退かせる事はできない。
 俺は転がりながら、覚悟を決めて長門に告げた。

「もういい! 長門、光明寺をつれて今すぐ退くんだ!」
 ハルヒがどうの言っている場合ではない。このままでは目の前の二人がやばい。
 だが。

『まだ』
 長門が返す。そして今までの話の流れが何だというぐらい謎な事を告げてきた。



『まだ、あなたの指示した鍵が揃っていない』
 事態は集結する。



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