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承諾
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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 ハルヒの部屋だと教えられた扉の前で一度深呼吸をする。まさかアイツの部屋にこんな形で入ることになるとは思いもしなかった。
 気持ちを落ち着かせ、扉を開けようとドアノブに手をかける。と、同時に部屋の中から朝比奈さん(小)の切実な声が聞こえてきた。

「キョ、キョンくん! た、大変なんです! 涼宮さんが、涼宮さんが突然倒れて!」
 何だって? 朝比奈さんの言葉に俺は勢いよく扉を開けて飛び込んだ。
「朝比奈さん、ハルヒが倒れたってどういう事です!?」
「凄い熱で、わ、わたし一体どうしたら……うひゃあっ!!」
 ナース姿の朝比奈さんは携帯を掛けたままこちらを見て驚く。
「……え、キョ、キョンくん!? ええっ!? こ、これって一体……!?」
 朝比奈さんが携帯を切り俺に話しかけてきた。

 確かに電話をしていた相手が目の前に現れたら、通話を切って直接相手と話すのが普通の反応だろう。なるほど、あの時の大騒ぎの相手は俺だったのか。
 時間移動したんだなぁと妙な所で納得しながら、俺は朝比奈さんにハルヒの事を尋ねた。
「あっと、驚かせてすいません。それで朝比奈さん、ハルヒの様子は」
「あ、え、そうです! 涼宮さんが倒れて! さっきまでは普通にベッドで起きていたのに、突然苦しみだして……どうしましょう、キョンくん……」
 おそらくその倒れた時に《神人》が発生したのだろう。俺はハルヒに近づくと額に手をあててみた。
「……熱があるな。朝比奈さん、氷嚢か氷枕、無ければ濡れタオルをお願いできますか」
「は、はいっ!」
 朝比奈さんが台所へと飛び出していく。俺はハルヒを見つめたまま後ろに立つ志賀に聞いてみた。
「やっぱり想念体が原因か?」
「言い切ることはできませんけど、おそらくはそうだと思いますの。このお方の潜在能力がもの凄くて、寄生している想念体の事が感じ取りにくいですけれど」
 やはりそうか。そうなると、あっちの連中が《神人》に取り憑く想念体を倒すまでこの状態は続くという事になる。わかっている結果と言えど早いところ頼むぜ、光明寺。

 とんとんという階段を上る音が二つ聞こえてくる。何で足音が二つなんだと扉を見ると朝比奈さんが古泉を引き連れて戻ってきた。
「すいません、お待たせいたしました」
 全然待ってない。むしろ早すぎだ。お前はどこでもドアでも持っているのか。
「あのぅ……涼宮さんは《神人》さんのせいで病気になっているんですよね? それなのに古泉くんがこちらに来てしまっていいんですか? 《神人》さんは?」
「さあ、僕には何とも言えません。僕は彼にこちらへ来いと呼ばれただけなもので。ですが、未来から来た彼が言うのでしたら、僕は掛け値無しで彼の事を信頼します」
「未来から……えええっ!? キ、キョンくんは未来から来たんですか!? どうしてですか、どうやってですか!?」
 あなたが驚かれるのもわかります、朝比奈さん。ですが今は先にそのタオルでハルヒの事を少しでも楽にしてやってくれませんか。


- * -

 朝比奈さんが洗面器に入った氷水でタオルを絞り、ハルヒの額に乗せる。俺はその様子を眺めながら、みんなに今回の全容を伝えた。
「……では、その想念体が涼宮さんの体内にいる限り、涼宮さんはこの状態から回復しない、そういう訳ですね」
 ああ、そうだ。だが想念体がハルヒから追い出されるのは既定事項だ。何せさっきまで向こうのメンバーと一緒に《神人》討伐に参加してたんだから間違いない。
「信じましょう。この時間では未来の事象ですが、お疲れさまと言っておきます」
「でででも、キョンくんはどうやって未来から来たんですか? 前から不思議に思っていましたけど、キョンくんはどうして未来の事を知っているんですか?」

 すいません朝比奈さん、それは『禁則事項』なんです。ですが朝比奈さんの知る未来からの命令で俺は動いてるって事だけは言っておきます。間違ってもあのいけ好かない野郎の未来じゃありません。
 俺の真剣な訴えに、朝比奈さんは少し残念そうに、でもいつもの様に宝石のような瞳の輝きと共に微笑んでくれた。
「……わかりました。キョンくんの事、信じます」
 それだけでやる気が倍増しそうなありがたいお言葉と共に。


- * -

「ご、ごめんなさいキョンくん、わたし慌てちゃって……。えっと、こっちは大丈夫です。
 あ、その、涼宮さんは全然大丈夫じゃないんですけど。でも応援が来てくれました」
 朝比奈さんが向こうの俺に電話を掛ける。俺がこちらにいる事については、向こうの俺には秘密にしておくように頼んでおいた。
「はい。それとEMPの人も一人来てくれています。えっと、さいばー何とかって能力者だそうです」
「サイバーテレパスですの」
 志賀がにっこり微笑んだまま訂正する。朝比奈さん、向こうの俺に長門に変わってもらうよう伝えてくれますか。
「あ、ちょっと長門さんにかわって欲しいそうですよ……あ、もしもし、長門さんですか。こっちのキョンくんがお話したいことがあるそうです。今かわりますね」
 朝比奈さんが俺に携帯を回す。
「長門か、俺だ。お前、インターフェース無しで地球のコンピュータネットーワークにアクセスできる力があるよな? それを利用して繋がってもらいたい人がいるんだ。今からその人に代わるから、どうすればいいのかはその人と相談して決めてくれ」
 そういって電話を志賀に渡す。志賀は少しだけ戸惑うと
「その長門さんってお方もサイバーテレパス能力者なのですか?」
 厳密に言うと違いますが、ある意味それ以上の力を持ってます。
 長門が本気を出せばコンピュータネットワークの全てを牛耳る事すら可能なはずです。
俺が太鼓判を押すと志賀は頷いて電話を受け取り、長門とネットワーク接続を行う為の方法を話しあいだした。

 ややあって、志賀がすっと目を細めて右手を天に伸ばす。くるりと手を回すと何かを掴み取るかのように手を閉じ、そのまま自分の胸元へ握った手を引き寄せた。
「長門さんと接続しました。なるほど、キョンさんの仰るとおりですの。長門さんの力はわたしのサイバーテレパス能力を遥かに凌駕しています。長門さんが自分にフィルターをかけてくれていなければ、わたしは今頃情報過多を起こしていた事でしょう」
 驚きを表しながらも志賀は微笑む。どうにも掴みがたい性格だが、とりあえず長門と接続できたのならよしとしておこう。

 志賀が電話を朝比奈さんに戻す。
「キョンくん。こっちはわたしたちが何とかします。ですからキョンくんは《神人》さんの方をお願いします」
 そこまで言うと朝比奈さんが真剣な表情で俺を見つめてくる。そして。

「……本当にお願いします、キョンくん。涼宮さんを、助けてあげてください」

 向こうの俺に伝えられたメッセージ。それは俺に対しても向けられていたものだった。
 わかっています、朝比奈さん。俺は黙って朝比奈さんに頷き返した。


- * -

「涼宮さんに取り憑く敵の正体。そして想念体の変化。僕がこちらに呼ばれた理由……。
 あなたが知る未来は先ほど語られたもので全てですか?」
 志賀の件が一段落したのを確認してから、古泉がいぶかしみながら聞いてくる。
 あぁ、残念だがこれで全てだ。想念体とどう対峙してどう倒せばいいのか。一番重要な未来は何故か俺には教えてもらえなかったからな。

「さっき言われていた想念体の変化とその能力、それが理由でしょう。想念体の精神攻撃を受けた時に、情報が想念体に漏れる事を防ぐ為だと思います。ここは敵となる想念体の能力がわかっただけでも良しとしておきましょう」
 古泉はそう言いながらハルヒの部屋の本棚から一冊の本を取り出し、ぱらぱらとページをめくり出した。読むというよりは何かを探しているようだ。

 ……そうか、なるほど。確かに想念体や敵の事をもっと知りたければそれが一番早いな。
「ええ。この『学校を出よう!』でしたか、この本の中の存在がこの世界に出現しているのでしたら、この本こそ彼らについて全ての答えが載っている賢者の石となるわけです」
 古泉はハルヒの部屋にあった六冊の文庫本を取り出す。
 と、その内の一冊の表紙を見て俺は持ってきたモノの存在を思い出した。
 観音崎が呼び寄せ長門から返しておいてほしいと預かった『学校を出よう!』の六巻。俺は預かってきた本をポケットから取り出すと、他の六冊と一緒に置いた。
 ついでに一緒に持ってきたリボンとナイフも取り出して机の上に置く。

「ひゃっ! キョンくん、そ、その危なっかしいナイフは何ですか?」
 朝比奈さんが抜き身のごついナイフに驚きの表情を浮かべた。あぁ、これは長門が作り出してくれた、対想念体の力を宿したナイフですよ。
「敵をこのナイフで倒せと言うことなのでしょうか。……それでこのリボンは?」
 古泉に示唆され、俺は二本のリボンについても説明する。完全防御のピンクのリボンと防御力はやや劣るが念動力付の水色のリボンだ。
「なるほど。このリボンの防御障壁なら、想念体の精神攻撃も防げるというわけですね」
 光明寺や宮野の言う事が本当ならな。防御壁が変化した想念体の力を退けられるのは既に立証済みらしい。
「わかりました。まずはこのリボンとナイフを誰が持つか、それが最初の作戦ですね」

 話し合いと実験の結果、ピンクのリボンは古泉が、水色のリボンは朝比奈さんがつけることになった。そしてナイフは俺が預かる。
 想念体へのアタッカーとして呼ばれた古泉は、おそらく戦闘時は単独行動になるだろう。そうなると古泉一人に対してリボンが必要なのは確実だ。残ったメンバーは戦力に不安がある以上、ひと塊となって防御に専念する。ナイフは防衛手段だ。
 朝比奈さんがリボン役に選ばれたのには二つの理由がある。朝比奈さんが持つ空間把握能力がずば抜けており、更に念動力と相性が良かったからだ。
 時間と空間を指定して時間移動するTPDD、それを操るのに空間把握は絶対必須の能力なのだという。朝比奈さんは謙遜していたが、彼女の空間把握能力は正直言って普段のメイド姿なドジっ娘からは想像できないぐらい高かった。
 そして思った場所へ物体を移動させる念動力についても、朝比奈さんは誰よりも上手に、そして確実に操ってくれた。今まで黙っていたのが勿体無いぐらい、人に誇っていい力だ。


- * -

「う……うああああっ! あああああああっ!」
 ハルヒが突然苦しみだす。濡れタオルを交換していた朝比奈さんが驚き、ハルヒの肩をしっかりと捕まえた。
「涼宮さんっ、どうしたんです! しっかりしてください、涼宮さぁんッ!!」
「志賀、長門にハルヒの容態が変わったって連絡してくれ! 向こうで《神人》が動き始めたはずだ!」
「わかりました。……はい、向こうでも《神人》が活動を開始したみたいです」
「くうっ……うああ……っ!」
 小さな声でうなされ続けるハルヒを見つめる。布団から落ちた手が何かを掴もうと動いていた。俺はハルヒの手を握ってやる。妹が病気の時、こうして手を握ってやるとなぜか安心して眠りにつけるって言っていた。

 もう暫く辛抱してくれ、ハルヒ。向こうでも長門や光明寺たちがお前の為に戦ってくれている。だからお前ももう少しだけ頑張ってくれ。なんなら俺のやる気を注入してやってもいい。体がぽかぽかして発刊作用が促進される効果か望めるのだったら、お前に取り憑く想念体だって参るだろうよ。


「あっ」
 ずっと小説を確認していた古泉が小さな声で驚く。どうした。
「いえ、本が一冊消えてしまったものですから」
 観音崎が本を呼び寄せたか。ならばもうすぐのはずだ。俺と志賀は朝比奈さんのそばに近づく。古泉も本を閉じて机の上に置きリボンをもう一度確かめた。

「……来ます」
 志賀の言葉と共にハルヒの身体が激しくのけぞる。やる気注入にと繋いでいた手がかなりの力で握り返された。
「うあっ、あ、ああああああぁ─────────────ッ!!」
 ハルヒの叫びと共に、全身から黒いもやのような物体が勢いよく放出される。霧散するかと思われたそのもやはやがて一つの場所へ集いだし、


 そして、世界は一瞬にして暗転した。



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