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北高を出よう! Specialists Of Students VS EMulate Peoples. |
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_ | _ | _ | 見渡す限り広大な砂漠が広がっている。 朝比奈さんはとっさにリボンの力でばりやーを展開してくれたらしい。朝比奈さんを中心にドーム型の障壁が展開されていた。そのまま朝比奈さんはしゃがみこみ、倒れていたハルヒを抱きかかえる。ハルヒのそばにいた俺と志賀も一緒のドームの中だ。 古泉のほうも障壁を展開したらしく、同じようなドームの中にその身を置いていた。 「カマドウマの時を思い出す光景ですね、これは」 古泉は辺りを一通り見回した後で右手を前に伸ばす。すると古泉の手のひらに紅玉の光が生まれ始めた。《神人》相手に使う力の縮小版で、これもカマドウマ戦の時に見られた現象と同じだ。 古泉がアンダースローで紅玉の弾を投げる。紅玉は障壁をすり抜けて飛び出し剛速球という名に相応しい速度で飛んでいくと、距離をおいて存在していた黒いもや──想念体にヒットした。 爆煙と砂煙があがり想念体の姿を隠す。来るぞ古泉。障壁だけは絶対に消すなよ。 「わかっています。精神を乗っ取られ操られるなんて想像しただけでごめんですからね」 ハルヒに取り憑いていた想念体は、分離する前にハルヒの記憶を読み取っていった。 そして奴は、自分の世界において最強と思われる人物の姿とEMP能力を手に入れる。 「──随分と激しい歓迎ですね。これがこの世界での歓迎方法なんですか?」 声と共に爆煙が一瞬にしてかき消される。そこに黒いもやは無く、代わりに一人の青年が古泉のような爽やかな微笑を浮かべて空中に立っていた。 古泉の力を食らって無傷かよ。光明寺たちに言われたとおりでたらめな奴のようだ。 『学校を出よう!』作中最大最強の難敵。 火炎能力、精神干渉能力、迷彩移動能力など数々の能力を持ち合わせるEMP能力者。 宮野を始めとしたメンバーが総力をあげて戦っても全く動じなかった男。 想念体が自らを変異させ形成した<シム>。 それは《水星症候群[メルクリウス・シンドローム]》の二つ名を持つEMP能力者、抜水優弥の姿をとっていた。 - * - 「どうやら自己紹介の必要は無いようですね。どうぞ僕の事は優弥と呼んでください」 ああ必要ないぜ、優弥。だから俺から尋ねるのは一つだけだ。 「何でしょうか」 お前は想念体からめでたく意思を持つ<シム>になった訳だ。それならもうハルヒの事を苦しめず、俺たちにも干渉しないでどこか遠いところで適当にのほほんと慎ましげな隠居生活を送ってくれないだろうか。 そうしてくれるなら俺たちはお前に何もしない。どうだ。 「……そうですね。EMPという能力も概念も存在しないこの世界では、僕の本来の目的である『EMP能力について世界へ公開する』なんて全く意味が無い事ですしね」 優弥は額にこぶしを当てて考える仕草をとる。だがそれも少しの間で 「ですがお断りします。僕は保証が無い事は信用しない事にしていますので」 「その保証を得る為に涼宮さんの力を使おうというのですか」 「ええ。どうせでしたら彼女の力を使い、僕たち<シム>や想念体にとって住みやすい世界にした方がいいじゃないですか」 古泉が新たな紅玉弾を生み出す。ハルヒを刺激し力を狙う以上、古泉の『機関』にとっては完全に敵となる存在だろう。そしてそれはこちらのお方にも言える事だ。 「そ、そんなのダメです! 涼宮さんは、そんな風に誰かに利用するとか、されるとかって言う存在なんかじゃありません!」 朝比奈さんの言うとおりだ。ハルヒは単なる北高の一生徒で、何故か常に俺の後ろに存在するクラスメートで、俺たちSOS団のはた迷惑なリーダーとして君臨し続ける存在、ただそれだけの奴だ。 だからそれ以上の何かをハルヒに求めるな。そんな事は俺が許さん。何せ誰かがハルヒの力を求める度に、高い確率で俺が貧乏くじを引く運命にあるらしいんでな。 「主張は素晴らしいですが、それは結局のところあなたたちの都合の良いように彼女を利用したいだけなのでしょう? あなたたちが望む世界、望む未来を手に入れるために。あなたがたのその行為、彼女を狙う他の存在とどう違うというのです?」 「違います。少なくとも僕たちは涼宮さんの事を第一に考えて動いています」 古泉がきっぱりと言い返すが、優弥はそんな古泉に蔑んだ笑いを見せる。 「彼女を第一に、ですか。それは素晴らしい決意です。ならば彼女がこの世界に絶望し、心から切実に望み実行した世界改変を、そこの彼を使ってまで食い止めたのはどう説明するのですか? あなたたちはあの時、自分たちが望んだこの世界が消えないように、つまり 自分自身の保身の為だけに彼女の改変を望んだ意思を握りつぶした。違いますか」 「な、何でそれを知っているんですかぁっ!?」 朝比奈さんの驚きはもっともだ。だがおそらく優弥は想念体の時にハルヒの記憶を見てあの五月の閉鎖空間の事を知り、そこから予想してみただけだろう。 「違わねえよ」 俺はぶっきらぼうに返す。そうだ、俺たちだってやってる事は他の連中と同じだ。だが俺はハルヒの力を利用しようとした訳じゃない。ハルヒに知ってもらいたかっただけだ。 世界を改変なんかしなくったって、楽しいことばかり起こる世界なんか作らなくたって、この世界は十分に楽しいって事をな。それでもまだハルヒが世界を改変したいって言うんだったらその時は勝手にしろと言いたいね。 「ふふっ……流石ですね。彼女がこの世界の誰よりも高い評価を与えている人物だけはあります。能力が全く無い能力者という部分も含めて、まるで彼のようですよ。 彼と同じ評価をあなたに対して下すとするなら、あなたという存在こそが、彼女の力を手に入れるにあたって最大の障害となるのでしょう。ですから」 優弥が両手を合わせる。その手の間に小さな火が生み出された。 「ぶしつけで申し訳ありませんが、あなたを排除させてもらいます」 「そうはさせませんっ!」 古泉が優弥の行動に真っ先に反応し紅玉弾を投げるが、紅玉弾は優弥に届く五メートル程前で軽い音と共にあっさりと消失してしまった。しかし古泉も負けていない。一発投げて様子見なんて事はせず、紅玉弾を次々と生み出しては優弥目掛けて投擲していた。 まるで少年向けの格闘マンガ状態だ。 「なかなかに面白い能力を持っているようですが、それだけでは僕は倒せませんね。なんでしたら無駄無駄無駄と叫んであげても構いませんよ。ふふっ……さて、防戦一方なのも面白くありませんし、こちらも攻撃を始めるとしましょうか」 紅玉弾を全て打ち消しながら、優弥は両手をそっと開いて小さな火を地面に落とした。 火が地面に落ちた瞬間、激しい業火となって俺のほうへと襲い掛かる。 「ひ、ひえぇ〜〜〜〜〜っ!! うひゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 朝比奈さんが叫ぶと同時に防御壁の輝きが増し、炎を完全に受け止めた。 「高崎若菜さん、そして春菜さんの防御障壁ですか。なるほど、それなら僕の精神干渉も火炎攻撃も無効化できます。まさに天敵のような力ですね」 優弥は人当たりの良い笑顔を浮かべて褒め称えてくる。その仕草や表情を見ているとまるで古泉が二人いるようにさえ感じる。実は生き別れの兄弟なんじゃないのかお前ら。 「冗談でしょう? 僕はこんなに腹黒くはありませんよ」 「同感ですね」 無数の紅玉弾が優弥に襲い掛かり、紅蓮の炎が古泉を飲み込む。しかしどちらも相手に全くダメージを与えていなかった。 「朝比奈さん。優弥の動きを念動力で捕まえることはできますか」 「や、やってみます。え、えりゃ────っ!」 ハルヒをひざに抱いたまま、朝比奈さんは両手を伸ばして優弥に力を使う。 「おやおや、おいたはいけませんよ。それと、あまり念動力に集中していると」 ピシッ。周りの障壁に小さなひびが入る。だめだ、このままじゃ破られる。 「ひゃあっ! キョ、キョンくん、どどどどうしましょう!?」 「念動力はいいです! 朝比奈さん、壁だけに集中してください!」 「わかりましたぁ!」 朝比奈さんが障壁のみに集中を始める。ひびはあっさりと消え、障壁はその絶対的な力を取り戻した。 旗色が悪い。こちらは防御こそ優弥以上のスペックを出しているが、古泉の攻撃があそこまで無効化されては攻める手立てが全く無い。ナイフを持って突撃しようにも、優弥は瞬間移動か迷彩化か、とにかくこちらに気づかれず移動することが可能だと聞いている。 そんな奴をいったいどんな手で倒せというのか。 「通信です。キョンさんに」 志賀が小さく告げる。どうやらこのピンチに長門が救いの手を差し伸べてくれたようだ。 「いえ、違います……発信者はSOSとなっています」 SOS? 最近どこかで聞いたような名前だが、それにしてもいったいどういう事だ。長門以外で志賀を通じて俺にメッセージをよこしてきた奴がいるっていうのか。俺は頭を抱えながらも志賀に内容を促した。 「えっと、『幸せかしら』……それだけです」 幸せかしら……SOS? 何がなんだかさっぱりわからん。いったい何なんだ。 この絶体絶命の状況を見て幸せだと言える奴がいたらどうか挙手をお願いしたい。 「まぁ、コイツなら言いそうだけどな」 俺は後ろで朝比奈さんに抱きかかえられっぱなしのハルヒを見つめる。想念体が身体から出て行ったことで多少は苦しさが緩和されたようだ。だが、相変わらずうなされた状態は続いている。ハルヒの幸せはまだまだ遠いようだ。 ──ハルヒが、幸せ? ふと思い出す。待て、昔どこかでそんなような言葉を聞かなかったか? アレはどこで、そして誰から聞いた? - * - 「そろそろ彼女を僕に渡してくれないかな。分の悪い千日手だと言うことは君たちにもわかっているはずだよ」 「どうですかね。時間がたてば不利になるのはあなたの方ですよ」 「機械仕掛けの神でも待つつもりかい? 無駄だよ、この空間には誰も入ってこられない。通信するのがやっとのはずさ」 「通信できるという事は完璧な閉鎖空間ではない証拠です」 古泉と優弥が相手を挑発しあう。その間も紅玉弾は撃たれ、炎は燃え続けていた。 機械仕掛けの神。優弥の元となる想念体、その《神人》に取り憑いていた方はまさにそのせいで敗北した。 長門によって呼び出された機械仕掛けの神、新たな<シム>によって。 「その方法で向こうでの危機を回避できたのでしたら、こちらにも機械仕掛けの神、つまり<シム>を呼び出すと言うのはどうでしょうか」 志賀が告げてくる。そう簡単に言うが、あれは長門だからできた事だろう。 「そうでもありません。確かに<シム>を生み出すにはEMP能力、ないしそれに准ずる力が必要と思われます。ですが先ほどから空間的にその条件が満たされているような気がするのです」 空間的に条件が満たされている……そういえば長門も言っていた。 『世界は今、涼宮ハルヒの力によって<シム>が生み出せる状態になっている』 長門と志賀の意見を合わせるならば、作ろうとさえ思えば俺でも<シム>を生み出す事が可能なのだろう。さらに考えるならば、長門があえてその事実を俺に語ったのは、俺に対して暗に<シム>を生み出せと伝えたかったのではないだろうか。 だが<シム>を生み出せるとして、誰を、または何を生み出せばいい。 優弥の繰り出す炎をかいくぐり、精神攻撃を受け付けず、潜伏行動を見破れる存在? そんな人智を超えた規格外的な存在、まさに機械仕掛けの神と呼ぶに相応しい存在など、俺には思い当たる節が── ──長門と、アイツしかいなかった。 「朝比奈さん、お願いがあります。次に古泉が攻撃したら、俺の合図で……」 「ええっ!? そんな、どうしてですかぁ!?」 それはやってもらえたらわかります。とにかくお願いします。 「は、はぁ、わかりました、やってみます」 朝比奈さんに期待しつつ俺は眠りっぱなしのハルヒを見つめた。ハルヒが未だに苦しんでいるのは、きっと優弥が何かしているからなのだろう。 だったら何が何でも優弥を倒すしかない。 ハルヒの手を握り、俺は小さく耳に告げる。 「<シム>を生み出す方法だなんてどうすればいいのか、正直言って俺には全くわからん。……だからお前の力を借してくれ、ハルヒ」 ハルヒを志賀に託し、俺は立ち上がると持っていたナイフを構える。成功する自信なんて全く無いがやるしかないだろう。 このままじゃジリ貧なのはわかっている、ならばここからは現場の判断って奴だ。 そうだったよな『SOS』、いや『505』の住人さんよ。 事態は終結する。 _ | _ | _ | _ |
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