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終結
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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「古泉、数で押せ!」
「仰せのままにっ!」
 俺の言葉に古泉が素直に応え、作れるだけの紅玉弾を生み出して一斉攻撃した。
「何をするつもりかは知りませんが、付き合ってあげましょう」
 優弥が爽快な笑いを見せながら紅玉弾を迎え撃つ。そしてもうすぐ届くかといった所で俺は朝比奈さんに合図を出した。
「今です!」
「は、はいっ! ええぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!」
 朝比奈さんの叫びと共に何か強烈な力が発生する。直後、優弥目掛けて飛んでいた紅玉弾が全て地面目掛けて急降下した。
「念動力? しかし何故地面に」
 優弥の言葉を聞き終える前に紅玉弾が全て地面に着弾する。激しい爆音と共に地面の砂は巻き上がり、優弥の姿を砂煙の中へと完全に沈めた。

「これでどうだぁ────────っ!!」
 更に優弥がいた辺り目掛けて俺はナイフを投げつける。自慢じゃないがこれでも上ヶ原パイレーツ相手に三振をとった実績持ちだ。まああの時はインチキだったし、今回もインチキ投法な訳だが。
「朝比奈さん!」
「ははははいっ! とわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
 軽い放物線を描いていたナイフが凄い速さで砂煙目掛けて突撃していく。さらに古泉が追い討ちをかけるように砂塵の中へ紅玉弾を撃ち放った。

 砂煙が上がる攻撃地点を見つめる。あれで倒せてれば一件落着なんだが……。
「それで、次の手はどうするのです?」
 突如背後から声がかけられる。振り向くと俺たちの後ろ、障壁のすぐそばに砂の一つぶも浴びていないであろう姿で優弥が立っていた。手には律儀にも俺が投げつけたナイフを受け止めたのか、こちらに対してちらつかせてくる。

「目眩ましにナイフ投擲、まさかこんなザル計画で終わりだなんて言わないですよね?」
 まさか、もちろん次の一手は用意してあるさ。
 優弥の声に振り向いた朝比奈さんすら驚かす、王を殺す最強最後の一手が。


「はい、チェックメイト」
 その少女は規格外の強さを誇る優弥に全く気づかれること無く背後を取ると、その手からすっとナイフを取り上げ、優雅な動作のまま一気に優弥へとそのナイフを突き刺した。


「な──がはあっ!? ……くっ!」
 優弥が一度鈍く叫び、ついで一気に距離を開ける。痛々しく押さえるわき腹からは黒いもやのような物が見え隠れしていた。あの黒いもやこそが、優弥の姿をとる想念体の真の姿なのだろう。
 北高の制服を着た少女は、手にしたナイフを一振りして刀身についた黒いもやを散らす。軽くなびくセミロングの髪を片手で抑えながら俺のほうを見ると、少女はまるであの夕焼けに染まる教室でみせた、みんなに慕われる事が楽しげな委員長のような慈愛の笑みを浮かべてきた。

「久しぶりね。涼宮さんの事、ちゃんと幸せにしてあげてるかしら?」
 余計なお世話だ。第一声がそれかよ。もう少し話すべきことがあるんしゃないのか。
 俺の答えに機械仕掛けの女神──朝倉涼子はただ微笑んだままだった。


- * -

「……木々や昆虫ですら微弱な精神の波長は出しているし、それが出ているなら僕はどんな微弱な波長でも感じ取れる。精神の波長を全く感じさせない存在なんて、生きている限りはありえない事だ。
 それなのに……朝倉涼子。キミからは精神の、生命の波長を一切感じ取れない。キミはいったい何者、いや何なんだ」
 流石の優弥も驚きを隠せないでいる。
 そりゃそうだろう、ハルヒの記憶では朝倉はただのカナダへと転校していった委員長でしかない。そんなただの一般人という認識しかないクラス委員長が、自他共に認める最大にして最強な能力者の力をあっさりと凌駕したんだ。驚くなという方が無理な話である。

「そうね、別に教えてあげても良いけど」
 相変わらず女友達と休み時間に談合しているような笑顔を浮かべながら、朝倉は自分の持つナイフを軽く持ち直す。そして優弥の方を向くと、
「聞き終わるまでちゃんと生きててよね?」
 まるで子供に優しくお願いをする近所のお姉さんのような口調でさらりと告げた。


 朝倉が軽やかな動きで走り出す。かなり距離を開けていた優弥にものの数秒で近づくと手にしたナイフを躊躇いも無く突き出した。
「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。しかし情報統合思念体の意思に叛いた為に情報連結を解除された存在、それがわたしよ」
 優弥は今まで以上の火炎を生み出して朝倉を包む。だが朝倉はその炎を難なく突破するとナイフを優弥の心臓目掛けて突き出した。
「くっ!」
 優弥は一瞬にして自分の姿をかき消し、再度距離をおいた場所へと出現させる。

「稚拙といえど、コンピュータネットワークは情報だけが存在しえる世界。連結解除されたわたしが情報の塵としてたゆたうには適した空間だったわ」
 朝倉が距離を開けた優弥に左腕を向ける。その腕が白く輝いたかと思うと、一瞬にして光の触手に変化して伸び、優弥の右肩を深々と貫いた。直後に古泉が放った紅玉弾が優弥を次々と襲う。
「ぐああっ!」
 優弥の身体が一瞬ぶれて黒いもやになる。すぐに優弥の姿を取り戻すが、貫かれた右肩から先は黒いもや状態のままだった。

「この空間はあなたの情報制御の元、物質存在に対しては強固な障壁を展開しているわ」
 朝倉が触手と化した手を元に戻しつつ、律儀に優弥に語り続ける。
「だけどこの制御空間と外部との間で通信はできた。つまり情報という非物質な存在の侵入は可能だったって事ね。情報だけの状態で存在していたわたしにとって、この空間に対してメッセージを送る事も、そして実際に侵入するのも造作も無い事だったわ。
 でも、いくらこの空間へ侵入したとしても情報だけの状態のままじゃ何もできないわ。そこで彼にわたしの<シム>を作ってもらう事にしたの」
 元通りになった左手を撫でながら、朝倉が俺を見つめてくる。
「あとはその<シム>の身体をわたしが乗っ取れば、こうしてめでたくオリジナルの朝倉涼子が復活できたって訳。わかったかな?」
 俺にとってはあまりめでたい話ではない。今の話が本当なら、こいつは正真正銘本物の、春先の教室で長門によって情報連結解除された、あの朝倉涼子って事になる。

 それで今の話はマジなのか? マジでお前はあの朝倉だって言うのか。
「うん、マジよ」
 朝倉は相変わらず腹の底が見えない無垢な微笑を浮かべてくる。
「ついでに言うと長門さんの改変劇も知っているわよ。涼宮さんの力で情報統合思念体を消去するなんて本当に思い切った事するわよね。わたしもそれぐらい思いきった事をすればよかったのかな」
 よくねえよ。全く何てこったい。
 どこをどう間違えたのか、俺は間違って機械仕掛けの死神を呼び寄せてしまったようだ。

「と・こ・ろ・で。対想念体の力を真似て触手に付与してみたんだけれど、どうかな?」
「……何故だ。キミも<シム>、つまり想念体のはずだ。それなのにキミは何故、この触手に込めた対想念体の力で自滅しないんだ」
 右腕はもやのままだが、それでも優弥は冷静さを取り戻しだしたようだ。俺たちと初めて対峙した時ほどではないが、その顔に爽やかな笑みが戻りつつある。
 しかし優弥の意見ももっともだ。対想念体の力は相手を特定しない。それ故、<シム>であった光明寺も自滅する事を恐れ、蛍火を射出する際にはリボンで防御障壁を自分に展開していたのだから。

「それってそんなに悩む事かしら? それとも確認を取りたいだけなの? ま、いいけど」
 朝倉は簡単な問題に悩む妹に対し、いったい何を悩んでるのかと言いたげな目で見つめる兄のような表情を浮かべて首をかしげていた。
「自分の身体を再構成したからよ。この身体は既に<シム>と呼ばれる物体ではないわ。だから対想念体の力もわたしには利かないと、そういう事」
 流石元インターフェース、そのでたらめっぷりは相変わらずだ。
 自分の身体を<シム>からそれ以外の物質に再構成するなんてもう反則だろそれ。

「全くですよ。……ふう、実力の差がここまで歴然としてるとはね。キミに隙でも生まれない限り、どんな策を練ろうともキミに勝つ事はできないみたいだ」
 優弥は炎を全て消し去ると、肩をすくめた後に左手を上げて降参のポーズをとった。
「涼宮さんを解放してください」
 古泉が紅玉弾を手に俺たちのそばまで近づいてくる。もちろん障壁は展開したままだ。
「わかりました」
 その一言を告げた途端、ハルヒの表情が目に見えて和らいでいった。苦しがっていた声も消えて大人しくなる。
「す、涼宮さん……よかったぁ。キョンくん、涼宮さんがぁ」
 ハルヒをずっと抱きかかえていた朝比奈さんも、ハルヒの様子に安堵の息を


「だから隙を作りましょう」


 刹那、優弥の全身からこれまでに無いぐらい勢いよく火炎が噴き出した。
 地獄の業火は気を抜いた朝比奈さんが展開していた障壁をあっさりと打ち破り、その場にいた俺たちを一瞬にして飲み込んだ。
 俺は朝比奈さんとハルヒを守ろうと二人に覆いかぶさった。
 同時にラジオの砂嵐を大音響で流しているようなノイズが脳内に鳴り響く。そしてノイズと共に嫌悪感しか感じないクサビが俺の中につき立てられた。
 くそっ、いったい何が起こってるんだ。わかる事と言えばコイツが最後まで打ち込まれたら俺がやばいだろうって事だけだ。
 全身全霊を持って抵抗しようとするが、炎がまとわりつき動きが取れない。
 何かとてつもない力でクサビが打ち込まれる。一撃で半分足らずが埋め込まれた。

<無駄です。如何にあなたと言えど僕の精神干渉は防ぎきれませんよ>
 優弥の声が遠く響く。そうか、これも奴の攻撃か。
 このクサビが最後まで打ち込まれたら、俺は優弥の傀儡になってしまう、そういう事か。
 しかしおかしくないか。俺たちは優弥の炎で焼かれたはずじゃなかったか?
 いや、そんな事はどうでもいい。俺がまだ生きているのなら、早いところ優弥を倒さなければ。俺が抱きかかえている、この温もりを守るためにも。

<おや、動くつもりですか? そうですね、この攻撃で僕はかなり無茶をしています。あなたが攻撃すれば僕は簡単に倒される事でしょう。
 おめでとうございます、あなたは確実に生き残る事ができました。
 ですが、あなたが今盾になっているその方々はどうでしょうか。あなたの動き方次第では、彼らは消し炭も残らない状態まで焼き尽くされてしまうかもしれません>
 ……くそっ、そうくるか。そう言われてしまうと動けなくなる。
 しかしどうする。このままじゃクサビを心に打ち込まれ洗脳されてしまうだけだ。しかもこのクサビが俺だけに打ち込まれているという保証も無い。朝比奈さんや志賀、それにハルヒにも襲い掛かっているかもしれないんだ。

 ガツンという音と共にクサビが再度打ち込まれる。同時に全身を苦痛と快楽の束縛が駆け巡る。心を握られ始めている証拠だ。
 たった二撃でその殆どが埋め込まれてしまった。もう一発食らったら今度こそおしまいだろう。その前に……その前にどうしろと? こんな攻撃どうやって防げというんだ。
 何かいい手段があったはずだ。だが、クサビから響く音が邪魔をして思い出せない。

<さあ、これでおしまいです>
 その言葉に反応してか、俺の手を誰かが握ってきた。その手は暖かく、そして柔らかく、それでいて力強い感触だった。
 握られた手から力が注がれたのか、俺は閉じていた目を開く。懐にハルヒと志賀を抱きよせ、まるで我が子を守るかのように、朝比奈さんが二人の上にかぶさっていた。震えているのか頭に巻いた水色のリボンが微妙に揺れ動いている。

 リボン? リボンリボンリボン……リボン! そうだ、リボン!
 俺は朝比奈さんのリボンに触れると、ありったけの思いをリボンに込めて叫んだ。
「ばりやぁ────────────────っ!!」
 思いっきり恥ずかしい言葉を叫んだような気がする。そもそも別に叫ばなくても良かったような気もするが、こういうのは気合の問題だ。
 とにかく俺のこっ恥ずかしい呼びかけに対しリボンは青白く輝いて応え、俺たちの周りには一瞬にして防御障壁が展開された。それと共に心の中が青白く暖かい力で満ち溢れ、突き立てられたクサビがその差し込む光によって崩壊していく。
 どうやら間に合ったようだ。俺の下にいる朝比奈さんたちの表情を見ると、苦悩していた表情が少しずつ和らぎはじめていた。
 そして俺の手を握ってきていた手の先を追いかけると

「……キョン」
 ハルヒが小さく呟きながら、やはり小さく微笑んでいた。


 機械仕掛けの神は、招かれた。



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