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<機械仕掛けの神>
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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「バカな……リボンの記憶は真っ先に封印したはずなのに」
「それでも何とかしちゃうのよね、彼ったら。何の力も無いただの一般人のはずなのにね。でもだからこそ一番頼もしく、そして恐ろしいの。あなたもそう思っているんでしょ?」
「そうですね。だから僕は彼の事を素直に尊敬しているのです」
 背後から優弥と朝倉、そして古泉の声がする。振り向くと朝倉がナイフを持った手を腰に、もう片手を頭に置きなびく髪を抑えつつ、いつも通り優等生の微笑みを浮かべていた。
 そのそばでは古泉がぼろぼろの制服から砂を叩き落としながら立っている。ぼろは着てても心は錦を心がけているのか、こちらも相変わらずの爽やかな笑みを浮かべていた。
 優弥は俺の位置から二人をはさんで更に後ろ、防御障壁の外側で腕を組んで立っている。いつの間に治したのか、その右腕は黒いもやではなく元通りの状態になっていた。

「おはよう。調子はどうかしら」
 まだ頭ががんがんするが、とりあえず大丈夫だ。俺も他の連中も火傷した形跡とかは無いし、ちゃんと息もしている。ハルヒは小さな笑みを浮かべたまま静かに眠っていた。
 本当に眠っているのかどうかはわからないが、とりあえず苦しんでいる様子は伺えない。
 俺の答え古泉がほっと安堵の胸を撫で下ろす。
 俺にしてみれば、お前たちの方が大丈夫なのかと問い返したいぐらいひどい姿だ。
「長門さんに情報連結解除を受けたあの時よりは余裕があるかな」
「僕もまだ大丈夫です。《神人》に殴られた時に比べればこれぐらい」
 揃いも揃ってサラリときつい事を言うな。
 全く無茶しやがって。お前らが何をしたのかなんて地面を見れば一目瞭然だ。

 黒い砂地に朝倉と古泉の白い影が伸びている。光と影が反転したかのようなこの不思議な状況は、優弥の炎で辺りの殆どが黒く焼け焦げてしまっているこの砂の大地でただ唯一、二人の足元から俺たちの倒れていた場所までの短い空間だけが白い砂地のままだからだ。

 ハルヒの上に覆いかぶさるようにして気絶している朝比奈さんからリボンを外し、自分の手に巻きつける。そして朝比奈さんをそっと抱きかかえてハルヒの横に寝かせた。
 その間に志賀がゆっくりと身体を起こしてその場に座り込む。大丈夫か、お前。
「はい、みなさんが守ってくださったおかげです」
 志賀もまた陽だまりのような微笑を浮かべてきた。


「さて……これが最後の攻撃になると思われます。先ほど強がっては見せましたが、見ての通り僕はもうぼろぼろでして、実の所こうして動くのがやっとの状態なんですよ」
「なぁんだ。正直に言うと、わたしもこうやって立ってるのがやっとかな。こう見えて有機生命体のあなたに負けたらちょっと恥ずかしいかなって思って、少し強がってただけ」
 朝倉と古泉は口の端だけで小さく笑い、そのまま優弥の方へ身体を向けた。

 それまでじっと二人を見つめていた優弥が、静かに口を開く。
「朝倉涼子さん。あなたに一つお伺いしていいでしょうか」
「なに?」
 優弥は腕組みを解くと、両手を胸元で合わせて合掌の形をとった。
「何故あなたは彼らに協力をするのですか? そのように献身的に彼らに協力したとして、いったいあなたに何のメリットがあるというのでしょう」
 確かに朝倉が戦う理由は全く無い。普通に考えれば、本来の目的であるハルヒの観察とかは長門に情報連結解除された時点で解任されているだろう。だとすれば、今の朝倉には身を挺してまでハルヒや俺たちを守る理由はない。

 朝倉は指を頬に当てて考える。そして「うん」と頷き出した答えは
「彼を殺すのは他の誰でもない、わたしの役目だから──って言うのはどうかしら?」
「なるほど、それは確かに。これ以上無いぐらい素晴らしい回答です」
「全くですね。僕もいつかはそんな台詞を口にしてみたいものですよ」
 何処の格闘マンガのお約束だそれは。
 そしてそこのWイケメンバカ野郎共、お前らもそんなので納得するな。

「想念体によってコピーされた存在とはいえ、死ぬのは遠慮したいですからね。最後の攻撃に相応しいよう、ここからは手加減なしでお相手させてもらいます」
「手加減無し、ですか。まるでヒロイックサーガに登場する悪の首領のような台詞ですね。
 しかし戦闘中に手加減だ本気だなどと語るとは、あなたの底が知れるというものです。
 その様な世迷言を語る者の殆どは、自分が敗北した時の為、そう、ただそれだけの為に保険をかけているに過ぎません。あの時は本気じゃなかったとか、手を抜いてやっただけだとかいう、見苦しい言い訳の為の保険ですよ。違いますか?」

 両手に紅玉弾を生み出しつつ古泉が挑発する。優弥は相変わらず取っ付きのよい爽やかな微笑を浮かべると世間話をするかのように話してきた。
「違わないさ。でも退路を作ることによって精神面に余裕が生まれ、それが自分の持つ力を十二分に引き出す要因になる事もある、と言う事も君なら当然知っているよね」
「ええ。ですから僕はこのスタンスを徹頭徹尾貫いているんです」
「その点は評価しよう。あとはそのスタンスに君の実力が追いつくかどうか……見せてもらうとしようっ!!」
 手のひらの隙間から炎が現れ、一瞬で世界を煉獄に変える。古泉は障壁でガードしつつ距離を開け、朝倉は迷わず炎の中に突撃をかけてナイフを振るった。
 こうなると俺にできることは障壁を張りみんなを守ることだけだ。手に巻いたリボンに祈りを込めて障壁を作り続ける。

「……キョン……くん」
 ふと後ろから声がかけられた。か細いながらこの天使のような麗しい声はあのお方のだ。
 気がつきましたか、朝比奈さん。俺は後ろを振り向かずに声だけかける。優弥から目を放す事がどれだけ危険なことかつい先ほど思い知ったからだ。
「ごめんなさい……ヒクッ、わたしの、せいで、ヒクッ、みんなが……」
 泣き声と共に途切れ途切れの言葉が震えて聞こえてくる。
 いいんですよ。あの時油断したのは俺も同じです。俺がリボンを持っていたとしても今と同じ結果になってましたよ。
「でも……でもぉ! わたしが! もっと……役立たずじゃなかったら!」
 違います。朝比奈さんは充分に役立ってくれています。今この場で一番役立たずなのは誰でもない俺なんですから。朝比奈さんは俺やハルヒたちの事を必死になって護ってくれたじゃないですか。
 俺が恥ずかしい言葉を告げると、背中にぎゅっと暖かい温もりが伝わってきた。
「……キョンくん………………ありがとう……」

「……あ」
 抱きついてきていた朝比奈さんが軽く震える。どうしました?
「通信です……未来から……は、はいっ! 名誉挽回なんていいんです! わたしに、わたしにできる事があるんでしたらっ!」
 なんだかわからないが勢いよく返事をすると、朝比奈さんがリボンを持った俺の手に自分の手を重ね合わせてきた。
「……上司からあの人を倒す方法を教わりました。キョンくん、それと志賀さんも。わたしに協力してもらえますか?」
「ええ、わたしにお手伝いできる事があるのなら……ですよね」
 志賀の笑みを受け俺も頷く。もちろん協力させてもらいますよ、朝比奈さん。

 朝比奈さんは俺たちに作戦を説明し、最後に志賀へと触れる。二人の視線が交差すると志賀は朝比奈さんを見つめながら薄く微笑んだ。
 俺もまた頷きながら、空いた方の手でハルヒの手を握った。無意識にかハルヒの方も俺の手を小さく握り返してくる。
「……ハルヒ、わかるか。あそこで古泉たちと戦っている優弥がお前を苦しめているんだ。
 今からみんなで優弥を倒してやる。だから、お前はここで安心して寝てろ」
 俺の呟きに、ハルヒは目を瞑ったまま何も応えない。眠りについた状態のままだ。

「それでよろしいんですの?」
 ハルヒを握る俺の手に志賀の手が重ねられた。それはどういう意味なのかと思ったが、どうやら志賀は俺ではなくハルヒに話しかけているようだ。
「キョンさんたちに任せきりで、あなたはよろしいんですの?」
 再度問いかける。その言葉にハルヒが少しだけ反応したように見えた。
 志賀はそれ以上は何も言わず手を離すと、じっと俺の方を見つめてきた。何だその微妙に優しげな眼差しは。いったい何を期待しているんだお前は。

 俺は一度ため息を吐く。わかっている、確かに志賀の言うとおりだ。このまま俺たちに任せきりだなんてスタイルは全然お前らしくない。
 少しだけ手を強く握り、俺は眠るハルヒをたきつけてみる事にした。
「確かに志賀の言うとおりだな。……ハルヒ、お前の事を苦しめてるのは間違いなく奴だ。涼宮ハルヒともあろう者がこのまま誰かにやられっぱなしでいいのか?
 無意識でかまわないさ。どうせお前はいつも無意識でトンデモパワーを使ってんだから。だから眠ったままで聞け。もしお前が奴に対して憤りを感じているのなら……」
 かすかに握りあっていた手に力が加わった気がした。


「構う事はない。お前自身の力で、奴に一発ぶちかましてやれ」


- * -

 朝倉と古泉の攻撃を器用にかわしつつ優弥が距離を置いた時、それは起こった。
「……なっ!?」
 優弥の立つ位置を中心に突如砂が激しく隆起し始める。遠くから見ればその砂が巨大な手の形をしているのがわかっただろう。優弥はその手のひらに立っているような状況だ。
 ハルヒの手を握る力が強くなる。それに合わせて、砂の手は優弥を捕まえるかのように一気にその手をこぶし状に握り締めた。
 優弥が爽快な笑みでこちらを見つめてくる。
 笑っているのも今のうちだ、優弥。俺たちは今度こそお前を倒す。
「できますか? それにしてもこれが彼女の力……何て強大で素晴らしい。ですが、この程度で僕を捕らえられるつもりでいるのならば、それは甘い認識というものです」
「そうでしょうか? そう易々とは逃がしませんよ!」
 古泉の紅玉弾が器用に動き、砂の指の隙間をぬって優弥へと襲い掛かる。だが手と攻撃が襲い掛かる直前、優弥は瞬間移動を行った。

 朝比奈さんが未来から聞いた、既定通りの時間に、既定通りの場所へ。

「たぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 優弥が出現すると同時に、俺の手に巻かれたリボンを掴んでいた朝比奈さんが念動力を発動させて優弥の動きを全て封じる。
「っ!?」
 優弥は異変に気づきこちらへ向けて炎を一気に捻出したが、俺が生み出し続ける障壁によってその全てが阻まれた。
 一人で障壁と念動力の同時操作が難しいのならば、二人でそれぞれ行えばいい。実にシンプルな答えだ。そして優弥の動きを封じるのはほんの数秒で構わないのだ。
 朝比奈さんを中心に俺たちがしたことは三つ。

 ハルヒに無意識的に攻撃させ、優弥を瞬間移動させること。

 瞬間移動した優弥を縛りつけて、更に優弥の意識をこちらへと向けさせること。

 そして朝比奈さんが知りえた優弥の転移時間とその座標を、あらかじめ志賀を経由して朝倉へ秘密裏に伝えておくことだ。

 優弥も気づいただろう。わずか数秒、だが自分にとって致命的な隙を作ってしまった事に。慌てて何か行動を起こそうとするが、全ては手遅れだった。
「──チェックメイト。二度目の待ったは無しよ」
 優弥の後ろに現れた朝倉がナイフを深く突き刺す。そのまますぐにナイフから手を離し、優弥を捕まえるような感じに両手を開くと、十本の指を一気に伸ばして優弥の身体をことごとく貫いた。
「これはおまけですっ!」
 最後に古泉が紅玉弾を撃ち込む。これが最後と全ての力を込めたのか、優弥に当たった途端に大爆発を起こした。
「ぐああぁ──────────────────………!!」
 爆発の中で優弥が黒いもやへと変質し、そのまま徐々に霧散していく。
 それと共に砂漠状態の情報制御空間も徐々に崩壊し、気づけば俺たちはハルヒの部屋へと戻ってきていた。


- * -

「それじゃ朝比奈さん。ハルヒの事、後はよろしくお願いします」
「はい。……本当に今日はお疲れさまでした」
 ハルヒが目を覚ます前に退散しておこうと言う事になり、最初から来ていた朝比奈さんだけを残し、俺と古泉、志賀の三人はハルヒの家を後にした。朝倉は俺たちがハルヒの部屋で意識を取り戻した時には姿を消していた。
 志賀には長門へ連絡を入れておいてもらった。ハルヒが無事だと連絡するのも既定事項だったはずだからな。

「僕はこれから『機関』のメンバーと合流します。それでは、また」
 そう言って古泉は黒塗りのタクシーで去っていった。最初は志賀も一緒に連れて行こうと言っていたのだが、
「わたしはここでお別れいたします。あちらの<シム>の方々と直接面識があるわけでもありませんから」
 そういって志賀は辞退した。

 二人で黒塗りの車を見送りだす。俺の方はこのままこの時間に残る事になる。元々いた数時間先に戻っても構わないのだが、どうせ後一時間程度でこっちのキョンが連れて行かれるんだ。このままいても問題ないだろう。せいぜい他人から見た俺の寿命が数時間分だけ早まって見えるだけの事だ。


「キョンさん、少しお時間よろしいでしょうか」
 志賀が微笑んでくる。俺が頷くと志賀は俺を連れてゆっくりと歩き始めた。電車に乗り俺たちが集合場所にしているいつもの駅で降りる。
「こちらです」
 志賀に案内され更に歩く。何だか見覚えのある道筋を辿っているのはただの偶然なのか。

「キョンさんは、わたしに聞きたいことがありますよね」
 少し前を歩きながら志賀が聞いてくる。そうだな、確かにお前に聞きたいことかある。
 例えばどうして<シム>であるお前が、この世界の者でないお前が、こうして目的地を目指して歩くことができるのか、とかな。
「そうですね。不思議ですよね」
 まるで他人事のように笑ってくる。そうしている間に目的地へと俺たちはたどり着いた。

 俺たちが歩きついたマンションの前では四人の集団がたむろっていた。制服二人に黒のゴシック少女に白衣姿の男とSOS団に負けず劣らずの怪しさ大爆発な集団だ。
 その中の一人、制服姿の少女が俺に近づいてきて小さく告げる。

「……遅刻、罰金」

 ハルヒの行動がどれだけ長門に対して影響を与えているか、どうやら一度ハルヒと話し合う必要があるようだ。


- * -

「ふむ、やはりそういう事だったか」
 宮野がこちらを見て大きく頷く。どうもこいつは一人で納得し完結してしまう節がある。頼むから何がそういう事なのか俺にも伝わるよううまく言語化してくれないか。
「頼まれれば語るのもやぶさかではないが、私が語ってもよろしいのかな? 志賀侑里よ」
「構いませんわ。わたしが全てを語るよりその方が盛り上がるでしょうから」
 志賀がにっこり笑って告げる。では、と宮野が片手をびしっと志賀に指差して語りだそうとした時、光明寺がその腕を掴んで叩き落した。
「ちょっと待ってください。班長、あなた今何とおっしゃいました?」
「どうしたのかね茉衣子くん。今までの私の発言に何か問題でも?」
「今までといわれるならその大半以上が問題発言と括れてしまえますが、とりあえずそれは置いておいて、私が問うているのはつい先ほどの発言ですわ」
 そして宮野に代わり光明寺が志賀を指差すと、はっきりと聞いてきた。


「何故、彼女を志賀侑里と呼ぶのです? 彼女は確か……音透湖、だったはずです」

 その指摘に今度は宮野が光明寺の伸ばした腕を掴んで天に掲げる。
「その通りだよ茉衣子くん! 流石は私の唯一の弟子、よく気がついた! そう、私たちがかつてのミッションで関わった時より成長してはいるが、彼女は間違いなく音透湖だ」
「何をなさるのですかこのセクハラ班長! 手を離してください!」
 その訴えにあっさりと手を離す。だが彼の言葉は止まらない。

「そして彼女こが、私が常日頃から考えに考えて届かんとしている上位世界の存在が一人、《年表干渉者[インターセプタ]》と呼ばれる者なのだよ!」



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