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<年表干渉者>
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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 俺たちは揃ってマンションの507号室に招待された。ちなみに二つ隣はかつてハルヒと玄関前まで訪れた朝倉の家であり、さらに二階上には長門が住む部屋がある。
「どうぞ」
 志賀と名乗っていた音透湖にしてインターセプタの案内でリビングへと通される。
 部屋にはソファーやテーブル、テレビといった生活観溢れるものが整然と置かれていた。
ふと阪中の家を思い出し、まるでいいとこのお嬢さんの部屋に通された気分になりながら、俺たちはそれぞれソファーへと腰掛けた。

「『学校を出よう!』の世界で、溢れかえった想念体<シム>に対して大掛かりな攻撃が展開されたことがあったのです。宮野さんたちは当然ご存知ですよね」
 台所でやかんに火をかけながら、インターセプタが話し出す。
「ええ、痛いほどに。何せわたくしたち<シム>が学園から消去された攻撃でしたから」
「CIOB、確かカウンター想念体パラージだったか。で、それがどうしたんだい?」
「CIOB攻撃は想念体の存在を0にするものだとあなたがたは考えています。ですが、実際は想念体を別世界へ移項する攻撃方法なのです」
「なるほど。移項しようが消滅しようが自分の世界からは消えたとした観測できん。間違えてもおかしくはない」
 インターセプタのいるダイニングへ乱入し何やら焼き菓子を発掘してきた宮野は、手にした皿にざっと盛ると俺たちのいるリビングの机に出し、勝手にぼりぼりと食い始めた。
 某団長が人の家で賞味期限切れのわらび餅を漁ったシーンが思い出される。

「あのCIOBのせいでこの世界に想念体が出現したと、そういう事なんですね」
「はい。殆どの想念体は同レベルの別世界に移項しました。ですが力の強い想念体が移項の力を利用して上位世界へと流れてしまったのです」
「彼と涼宮ハルヒが接続していたラインを辿られたと思われる」
 宮野に負けじと菓子をほおばりながら長門が続ける。
 と、沸いたお湯を別容器に入れる音と紅茶のいい匂いが漂ってきた。人数分のカップと琥珀色の液体が入った透明なティーポットをお盆に載せ、インターセプタがリビングへと戻ってきた。

 注がれた紅茶にそれぞれが砂糖やミルクを落とし、香りと味を楽しみながら一息ついた。紅茶を出す技術に関しては朝比奈さんと張っているのではないだろうか。
「俺と光明寺を彼らの部室に送り込んだのは、やっぱりキミなのかい?」
「はい、わたしです。あなたがたなら想念体相手に戦えると思いましたので。光明寺さんの能力で自滅しないように、あのリボンも用意しました」
 と、そこで未だ預かりっぱなしだった二本のリボンを取り出す。お礼を告げて差し出すが、光明寺は受け取ろうとしない。
「……用意というのは、つまりこれはあなたが作り上げた」
「いいえ」
 インターセプタはきっぱりと否定した。
「それは本物です。若菜さんに話せる限りで事情を説明し、二人の力を添えてあなたへ渡すと確約した上で預かりました。それは間違いなく、あなたへ贈られた彼女からの餞です」
 光明寺はその言葉でようやくリボンを受けとると、そっと二本のリボンを撫でて小さく微笑んだ。その様子を見て他のメンバーも薄く微笑む。それはまるで自分の意思を汲み取ってくれた相手に対し、喜びを表現しているかのようだった。

「上位世界で意思のある想念体<シム>が活動すれば下位世界がどうなるか。その危険性はわかっていただけますよね」
 ああ。もし優弥をあのままにしていたとして、優弥が『学校を出よう!』の世界にこちらからちょっかいを出したらどうなっていただろうか。
「まず間違いなくはぐれEMP、あの《水星症候群》の派閥が勝利する世界になっていた事でしょう」
「それぐらいで済めばかわいいもんさ。最悪、こっちの世界に想念体やEMP能力者たちが流れて来ていたかもしれない」
 しかも今回以上の規模で、か。まさに最悪だな。

 何だかんだで、お前たちのおかげで俺たちもハルヒも、ついでと言ってはなんだがこの世界も助かったってわけだ。ありがとよ。もちろんお前にも礼を言うぜ、長門。
「いい。それがわたしの役割」
 まあそう言うなって。それとインターセプタ、お前にも礼を言わせてくれ。
「構いませんの。わたしにとって望まない事態を避ける為に行った結果ですから」
 それでもだ。経緯はどうあれ、お前がハルヒを救ってくれたという事にはかわらない。
それに俺が朝倉の<シム>を生み出した時や、ハルヒに無意識に力を使わせようとした時、実はこっそり俺をサポートしてくれてたんだろ?
「ばれていましたか」
 いくらなんでもあの二つの行為、ぶっつけ本番にては上手くいき過ぎていた。だが彼女がサポートしてくれていたと言うのならば納得がいく。


- * -

「かくして真犯人は自白を遂げ、ここに事件は幕を下ろす……でいいのかな」
 ハルヒが助かったんだ。俺たちとしてはそれで問題ない。後はお前たちの存在ぐらいか。
「そうですね。どうしますか? この世界にい続けるか、他の世界へ渡るか。あなたたちがいた元の世界や、わたしたちの世界に来るという選択肢も用意できますよ」
「それは興味深い。キミの言う『わたしたちの世界』とは私たちに介入し続ける世界かね? それとも、本来キミがいるべき世界の事かね」
 何だその禅問答の様な質問は。

「考えても見たまえ。キミは本の中の人物を自分の世界に呼ぶことはできるかね。もしかしたらキミにそのような能力が存在しており可能かも知れん。だが一般的には不可能と答えるだろうし、不可能という答えこそここでは期待されている。
 では、Aという話の人物をBに出すことはどうかね。これは可能なはずだ。キミ自身がBの話にAが登場するよう手を加えればいいのだからな」
 つまり、俺たちのこの世界に<シム>を介入させる事ができるインターセプタは、俺たちの世界よりも高位の世界の存在だと、そう言いたいのか。

「ええ、そうです。あなたがたの考えるとおり、本当のわたしはここよりも更に上の世界の存在です。ですから下位であるこの世界に、更に下位世界の<シム>を転移させる事ができました」
「更に言うならば、キミはインスペクタ達をも騙している。彼らが私たちより上位にしてこの世界より下位なのは明らかだ。何せ『学校を出よう!』に出ているのだからな。さて、そうなると、キミはあたかもそこの世界の者のように振舞っている、と言うことになる。
 実に興味深い話だ。キミはいったいどれだけの高みにいる存在なのかね」
「語りましょうか?」
「結構だ。私には考える為の脳も行動する為の手足もある。いずれ自力で向かわせてもらうとしよう。その際には同伴者がいても構わぬかな?」
「班長について異世界めぐりをするなど、よほど奇特な人間がいるのですね」
「そうだな。そして人間とはえてして自分が奇特である事に気づかないものだ」
「わたくしを見るより鏡を見て語ったほうが説得力ありますわよ」

 会話がどんどん電波と痴情のもつれになっているように感じるのは俺だけだろうか。
 どうやら俺の出番はこれで終わりのようだ。適度な喧騒をバックミュージックに紅茶を飲み干すと、今日一日の疲れを癒すべくソファーに身体をゆだねる。途端に全身がだるくなり、一気に疲れが押し寄せてきた。
 やばい、ふかふかのソファーもあってあっさり撃沈してしまいそうだ。
 睡魔に囚われ少しずつぼける思考と視界の中、俺は突然にある仮説を思いついた。

 なぁ、長門。情報統合思念体というのは……もしかしてそういう奴らの事なのか?
 そしてハルヒの力は、それよりも上位の存在から渡されている、ないしハルヒの望むよう改変している……という事なの、か……?


 長門は珍しくうっかり指紋をつけてしまい曇ってしまったガラスのような透明度の瞳で俺を見つめ返してきた。
「情報統合思念体についてはそうとも言えるし違うとも言える。一概に上の世界の住人と割り切れる存在ではない。
 涼宮ハルヒの力については全く不明。涼宮ハルヒの持つ進化の可能性が更なる上位世界から渡されたのではないかと言うあなたの仮説に対して、わたしは否定するだけの材料は持ち合わせていないし、肯定する理由付けも同じく行えない。
 だがそのような回答は全て些細な事。今、ここで何よりも重要なのは──」

 俺の頭が動かされ、そのまま身体が横向きにソファーへと倒される。ただ頭の下だけは何か暖かく柔らかいものが敷かれていた。
 そのまま頭を優しく撫でられると、俺がギリギリ保っていた意識は完全に飛んでしまった。



「──重要なのは、あなたの休息」




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