ホワイトデー・カーニバル

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・午前七時:キョン

 洋菓子会社の陰謀により全国一斉チョコレート消費記念日と制定された外国の祝日をはさんだ怒涛の八日間もすでに一月前の出来事であり、実に今日は洋菓子会社の陰謀により全国一斉クッキーやらマシュマロやらの消費記念日と制定された特に何でもない休日を迎えていた。
 現在の時刻は午前七時。そろそろ三人に最初のメッセージを教えてもいい頃合だろう。
 今回の仕掛け人はもちろん俺であり古泉である。さて、ハルヒたちはちゃんとお宝を見つけられるだろうか。


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・午前七時:ハルヒ

『ハロー、ハルヒ。早速だが郵便受けを見てみろ』
 そんな言葉で朝も早くから叩き起こされる。言われるままにパジャマ姿で郵便受けを覗いたハルヒは強気三割、期待七割、そして楽しさ十割の笑みを浮かべながら、直接投函されていた意味不明な送り主「AHIE」からの封書を手にしていた。
 ご丁寧にも封筒には蝋が垂らされ、さらにSOS団のシンボルマークが刻印された状態で封じられている。
 その努力に感心しながら封を破り、中に入っていた一枚のカードを見る。カードには一言こう書かれていた。

『解読せよ:1・10・9』

「ふうん、中々面白そうじゃない。キョン、古泉くん。あんたたちの挑戦受けてあげるわよ!」
 ハルヒは宣言すると早速家の中に戻って身支度を始めだした。


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・午前七時:長門

『おっす、長門。水先案内人の水兵だ。朝早くからすまないが、郵便受けを見て欲しい』
 彼から連絡を受けた長門は自分の郵便受けに入っていた白い封筒を見つめていた。送り主は「TAYU」となっているが、蝋に刻印されているエンブレムはSOS団のシンボルマークである。
「…………」
 隙間に指をいれ、すっと封をなぞる。あっさりと開封された封筒の中を見てみると、そこには一枚のカードが入っていた。

『解読せよ:No.3、No.10』

 長門はただじっとカードを見つめ続ける。
 カードに示された言葉に対しては、おそらくこれで正しいだろうという回答を既にはじき出している。
 だがその回答がいったい何を意味するのか。長門は新たに生まれたその謎について考えていた。


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・午前七時:みくる

『おはようございます、朝比奈さん。朝早くから申し訳ありませんが、先日予告していた通りホワイトデー企画を始めようかと思いまして。最後まで楽しんでもらえたらこちらとしても嬉しい限りです。
 では、最初のミッションです。お手数ですが郵便受けを覗いてみていただけますでしょうか。古泉のヤツがちゃんと働いているなら、そこに俺たちからの白い封書が入っているはずです』

 そんなキョンくんの電話によって眠りから起こされたみくるは、その指令の通り自分の家のポストを覗いていた。
 中に入っていた白い封筒を取り出し封を開け、「ERAN」と書かれた送り主からのカードを見つめる。

『解読せよ:−RD』

「マイナス、アール、ディー……これって、いったい何なんでしょう?」
 寝ぼけた頭で手紙に書かれた内容を読み返しながら、みくるは首をかしげていた。
「……うん、とりあえずお茶にしようっと」


 幸先不安なメンバーもいるが、こうしてSOS団男子団員主催のホワイトデーイベントは開始された。


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・午前八時:ハルヒ

 1・10・9。
 数字の羅列って暗号は大体対応する表があるものだけど、こういうヒントが無い場合って簡単か難しいかのどちらかなのよね。
 まずは難しい場合。対応する表をあたしが見つけていない状態の時はこのパターンになるわ。このパターンの場合、解読するのはまず不可能。あたしがすべき事は解読じゃなくて対応表を探す事になるわ。

 そしてもう一つが簡単な場合。対応する表が普通の人なら誰でもが知っている場合はこっちにあたる。この場合は思いつく限りの文字列と対応させてみればいいのですぐにわかる事になるわ。
 あいうえお順なら「あこけ」、いろは順なら「いぬり」って感じ。
 でも「あこけ」や「いぬり」じゃ意味が通らないわ。それじゃ次はアレで試してみましょ。


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・午前八時:みくる

「えっとですね、長門さん。マイナスアールディーってわかりますか?」
 わたしは一時間ほど考えた末に長門さんに助けを求めた。正直言って答えが全く想像つかなかったから。
『……わたしなりの回答は示す事ができる。だがわたしが回答を示すのは二つの点で推奨できない。
 一つはわたしの出した回答が何を意味するのか全く不明な為。
 そしてもう一つは、これは彼らが仕掛けたイベントだから。あなたは、できるだけ自分で回答を導くべき』

 長門さんはきっぱり言ってくる。
 言われるまでも無くそれはわたしも考えてました。ですから一時間ずっと考えていたんです。
「でも全然わかんないんですよぅ。お願いです、長門さん。せめてヒントだけでも教えてください」
『……RDと同じ括りの言葉には、ST、ND、THがある』
 え、ST? ND? TH? もしかして車の名前とかですかぁ?
『違う。もっと単純』


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・午前八時:長門

「ところで、わたしからもあなたに質問したい。
 わたしの所にも同じような封筒は来た。だがあなたが受け取ったものと差出人名も内容も違う。
 こちらも導き出した解答が何を意味するのか、わたしには全く不明。何かわかる事が無いか教えて欲しい」
 わたしはそう言ってから、先ほど導き出した回答を朝比奈みくるに伝えた。

『え、ええーっと……何でしょう? 何かの線をさしてるとか、そう言う事でしょうか?
 でもそんな答えだとあまりにも漠然としちゃっててますよねぇ……うーん……』
 朝比奈みくるもまたわたしと同じ思考のループへとはまってしまったようだ。

 3・10とかでなくあえてNo.と番号を意味する言葉がついている以上、これは三番目、十番目の何か──つまりアレの事を指しているのだろう。その名前を並べてできる新たな言葉、それがおそらくはわたしの回答。
 だがそれが何を意味するのか。そしてこの封筒の差出主の名前の意味するものは。
 さらに朝比奈みくるに与えられた問題の回答が何を意味するのか。

 わたしは未だ彼が求める回答を導き出せないでいた。


第2話

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