ホワイトデー・カーニバル 6

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・午後三時二十分:みくる

 ふぇ、涼宮さん。こ、ここってもしかして。
 わたしは思わず目を押さえそうになる。ここはわたしにとって、ある意味忘れられない場所だった。
「そうよ。あたしの監督デビュー第一弾、『朝比奈みくるの冒険 Episode.00』の舞台になった記念すべき公園よ!」
 涼宮さんは腕を組みながら仁王立ちで笑っている。きっとあの時の事を色々と思い出しているのだろう。
 つられてわたしも思い出す。みくるビームを撃ちなさいと言われて長門さんにかじられたり……。
「そ、そ、それで、どうしてここなんですか?」
 連鎖的に色々と思い出しそうなので回想を中断し、涼宮さんに尋ねる。結局ここのとりさんの謎はわたしだけが解けなかったようだ。
「では先の問題の解説を……有希、お願い」
 長門さんは数ミクロン単位で首肯を見せると、コーヒーゼリーのような瞳でわたしをじっと見つめながら語り始めた。
「ここのとりの『ここの』とは漢字の『九』、『とり』は同じく漢字の『鳥』を指す。そして『にじ』とは『二字』と書く」
 長門さんの説明にあわせ、涼宮さんが拾ってきた木の棒で土の地面に漢字を書いていく。なるほど。
「これを問題文に当てはめると『九鳥が示す、二字を一つに』となる。九鳥を一つに、つまり解答は──」
 涼宮さんが地面にある漢字一文字を書き終えるのを見計らい、長門さんは解答を告げた。


「──『鳩』、となる」


「で、鳩が示す道しるべって言うと、あの映画撮影ぐらいしか思いつかないのよ。鳩のシーンを撮ったのは境内だけど、あの日に一緒に来たこの公園が答えなんじゃないかって、そう思ったわけ!」
 涼宮さんがびしっと木の棒で公園を指し示す。わたしは感心しながら棒の指し示す先を見つめ、
「……あれ、あれって」
 遠くから元気に走ってくる小さな存在と、それを追いかける三人の姿が目に入った。


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・午後三時二十五分:国木田

「こんにちは涼宮さん」
「あれ、坂中さんじゃない。それに国木田と……えーっと、たに、たに……あぁ、バカ口」
「誰がバカだ誰が! 谷口だ、た・に・ぐ・ち! っていうか最初に谷って言ってたじゃねえか!」
 出会い頭にからかわれてバカ口が暴れだす。まあ親しまれている証拠だし別にいいんじゃないかな。
「よくねえよ。それとおまえ今心の中でバカ口って思わなかったか?」
「気のせいだよ、谷口」

「こんにちは、ルソーさん」
 朝比奈さんと長門さんは二人の足元でじゃれ付くルソーに挨拶をかける。
 坂中さんが飼ってる犬で、無邪気だけど何処か憎めない、そんな感じの存在だ。
 涼宮さんたちを待っている間僕たちが退屈しなかったのは、ひとえにルソーのおかげである。
「で、こんな所であんたたち何やってるの? しかもこんな不思議な面子で」
 何って……もちろん僕たちは涼宮さんたちを待ってたんだよ。
「そーそー、それじゃさっさと会場に向おうぜ。流石に公園にいるのも飽きてきたところだ。大体なんだってこんな遠い場所で待ち合わせなんだよ」
「会場……? いったい何の話?」
「え?」
 涼宮さんたちが素っ頓狂な顔でこちらを見つめてくる。おそらく僕たちも同じような顔をしているのだろう。

 とりあえず涼宮さんたちに僕たちの事を説明する。
 えっと、僕たちは今日パーティをするからってキョンから招待状がきて、それでここで待ってたんだ。
「キョンから!? ちょっと、その招待状を見せて!」
 涼宮さんが目の色を変えていきり立つ。いや、涼宮さんだけでなくほかの二人もだ。
 僕がキョンから贈られてきた封筒を差し出すと、涼宮さんたちは早速中を確認しだした。そうそう、ついでに聞きたかったんだけど。

「その僕の名前の横に書いてある『カギ』って、いったい何の事?」


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・午後三時二十五分:ハルヒ

『カギ:国木田 さま。
 SOS団主催のホワイトデーパーティを開催します。
 団長以下SOS団きっての女性陣がお出迎え致しますので、
 三月十四日、以下の場所に集合してください』

 そんなメッセージとこの公園を示す地図が書かれたメッセージカードを見つめる。
「これって国木田だけが受け取ったの?」
「ううん、わたしたちも同じのを受け取ったのね。そのカード」
「ほら、コレが俺のだ」
 谷口もまた封筒からメッセージカードを見せてきた。確かに名前以外の部分は同じで、名前の横にカギと書かれている。そして阪中もまた……
「……えっと、ちょっと待ってね。涼宮さん」
 阪中が大きめのカバンに手を入れて探し始める。あ、名前以外が同じなら別にいいわよ。っていうかどうしたの、そんな大荷物抱えて。
「必要なモノなのね、ルソーを連れてお出かけする時は」
 そう言ってカバンを開くと中を見せてくれた。エチケット袋や携帯食、リードといったペットの外出の必需品が色々入っている。
 全く、こんな電車に乗ってくるような公園にまでわざわざあんたを連れてくるなんて、本当ご主人さまもご苦労な事ね。
 あたしは国木田に封筒を返すと、足元ではしゃぎ廻る愛くるしい存在をわしゃわしゃと撫で回した。

 さて……つまりこういう事よね。あの離れを開けるカギはこの中の誰かの名前だ、と。
「おそらく」
 あたしの考えに有希が頷く。みくるちゃんも同意見のようだ。
「いいわ、とりあえずみんなで鶴屋さんの家に戻りましょう!」
 あたしは坂中たちを引き連れて、新川さんの待つ車へと急いで戻っていった。


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・午後三時三十分:阪中

 車の中でわたしたちは涼宮さんから大まかな話を聞いた。
「するって言うとなんだ、つまりは涼宮たちへのホワイトデーイベントの一端を担がされてるってわけか、俺らは」
「そういう事ね」
 くだらねえ事に巻き込まれたなぁとぼやく谷口くんに対し、国木田くんが諭す。
「いいじゃん。どうもパーティ自体は本物みたいだしさ。それに僕にしてみても丁度良かったしね」
 そう言うと国木田くんは小さな箱を取り出して長門さんに差し出した。
 その行為に車内のメンバーの動きが一瞬とまる。あれ、つまりそれって長門さんが国木田くんに……?
「え、ちょ、どう言う事それ!?」
「どういうって、バレンタインイベントのお礼だよ。参加賞とはいえ一応チョコを貰った訳だし。だからみんなで食べてね」
 国木田くんが言っているのは、涼宮さんたちが開いたバレンタインイベントの事だろう。
 実はちょっと楽しそうだったからわたしもこっそりと参加してみたのね。いきなり当たりが出たのは驚いたけど。
「そう」
 納得がいったのか、車体が揺れたのでないならば長門さんは小さく頷いて、国木田くんからのお返しを受け取った。
「……国木田。おまえのそういう所は見習いたいと思う反面、俺には絶対似合わねえんだろうなとも思うぜ……」
「谷口は谷口らしいままでいいんじゃない?」
「そうね。あんたやキョンが女性に対してこんな気の利いた事をしだしたら、あたしは真っ先に良い病院を紹介するわ」
「そりゃどーも。そん時はお前も一緒に入院しちまえ。少しは一般常識が身につくかも知れんぜ」
「一般常識と自主性を履き違えた教育なんて真っ平ごめんよ。……あ、美味しい」
 涼宮さんが長門さんからお返しを受け取り、早速開けて食べ始める。わたしも二つ貰い、一つはルソーにプレゼントした。
 そんなこんなで騒いでいる内に、車は何だかとてつもないお屋敷の前で停車した。


「みなさんお待ちしていました。ではゲストのみなさんはこちらへお並びください」
 古泉くんの合図でさっきまで車を運転していた初老の男性を筆頭に、メイドさん、元気な女性、小学生ぐらいの少女と猫、そしてわたし達三人が一列に並ぶ。
「わー、可愛いわんちゃんだね、シャミー」
「にゃあ」
 ルソーへの賛辞に素直にお礼を返し、わたしも少女に習いルソーを抱える。少女の抱える三毛猫は嫌そうな表情を浮かべながらも大人しくしていた。

「では涼宮さん、長門さん、朝比奈さんのお三方に伺います。カギとなる言葉は見つかりましたでしょうか」
 古泉くんがまるでパーティの司会進行役のように、爽やかな微笑みと共に尋ねてくる。
「もっちろんよ! 有希もみくるちゃんも、さっきの意見でいいわよね?」
「は、はいっ!」
「いい」
 涼宮さんが二人に最後の確認を行う。わたしは車内で涼宮さんがコレだと決めたカギを聞いている。でも本当にあってるのかな?
「では三人とも扉の前へ。……それでは扉に向ってカギを告げてください。正解ならば扉は開かれるでしょう」

 涼宮さんがもう一度だけ二人に目線を送り、三人で頷きあう。そして、
「いくわよ……せーのっ!!」


第7話

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