ホワイトデー・カーニバル 7
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・午後三時三十分:ハルヒ
「では三人とも扉の前へ。……それでは扉に向ってカギを告げてください。正解ならば扉は開かれるでしょう」
小泉君に示唆されて、あたしたちは扉の前に立つ。もう一度だけ二人に目線を送り頷きあうと、
「いくわよ……せーのっ!!」
『ジャン・ジャック=ルソー!』
あたしたちがJ・Jのフルネームを叫ぶや否や扉が勢いよく開かれ、直後に中から巨大なクラッカーが鳴らされる。そして
「正解だ」
といつもながらの倦怠感漂う団員その1が今日始めてあたしたちの前にその姿を現した。
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・午後三時三十五分:キョン
「ではただ今より、SOS団男性陣企画ホワイトデーパーティ、並びに親睦会を開催します。お手にグラスを……乾杯」
『乾杯!』
古泉が開会の挨拶と乾杯の音頭を告げ、ようやく俺と古泉の頭をほぼ一月悩ませ続けていた一大イベントに区切りがついた。
結果は上々だったようで、とりあえず今日一日歩きまわしたであろう女性陣三人はパーティ開始早々からクライマックスの如きテンションを見せていた。
「コレが最初の問題ね。対応表が無かったから一般的な表だなって思ったわけ」
「凄いな涼宮さん。わたしじゃ解けないのね、きっと」
「招待状の蝋がSOS団のマークだったんだ。凄い凝ってるなって思ったよ」
「みくるもよくまあ頑張って解いたもんだねっ!」
「解いたのは殆どわたしじゃなくて涼宮さんと長門さんでしたよ」
ハルヒと朝比奈さんは今回のイベントがどんな物だったのか興味あるゲスト達に囲まれ、当社比160%程のボリュームで冒険譚を語っている。
また一方では
「くそっ、この鶏肉だけは絶対に渡さんっ!」
「無理」
「おいしいー、ねーシャミ。ルソー」
料理にかじりつき新川さんと森さんの料理に舌鼓を打ちながら自分の分を必死で確保する連中もちらほらと。
とりあえずイベントの方は成功だったようで、俺は近づいてきて腰を下ろした古泉とコップを打ち交わした。
「お疲れさまです」
今日は別に疲れてないな。何せ一日の殆どはココに居たわけだ。逆に暇で仕方なかったぐらいだ。
「そうですね。ですが今日にたどり着くまでが大変でした」
まあな。封筒とかこの料理とかはお前というかお前のバックボーン任せだったから良かったようなものの、もう二度とイベント主催はご免被りたいと思ったぜ。
「その割には謎作成とかノリノリだったように見えましたが」
謎解きとかそういうの自体は嫌いじゃないからな。しかし難易度的にはどうだったのかね。
「まだまだ全然甘いわ。こうしてあたしたちがゴールしているのがいい証拠よ」
気づくとハルヒが反対側に座ってきていた。
「あたしだったらもっと難しい問題を考えるわね。それこそ風が吹いたら桶屋が儲かるぐらいの連想ゲーム!」
それじゃ誰にも解けないだろうが。しかもお前の考える連想ゲームとなるとその難易度足るや天井知らずになる事この上ない。
ところでハルヒ、一応カギ問題の答えあわせなんだが……お前たちは何でルソーって答えたんだ?
「そうそれ! 危なかったわよ。阪中の招待状だけ見なかったから、J・Jにまで招待状が来てるって知らなかったんだもん」
おいおい、それマジか。カギ探しはボーナス問題ぐらいに考えていたというのに。
俺は古泉と顔を向き合わせる。古泉もまた珍しく驚きの表情を浮かべていた。
「……それは想定外でした。ルソーさんが招待状を貰っているという事を知らないと、カギ探しの難易度は格段に跳ね上がったはずです」
ああ、よくそんな状態でカギがわかったな。
俺と古泉が興味津々で尋ねると、ハルヒはまるで謎が全て解けた名探偵の孫のような笑みを浮かべた。
「人が集うパーティに、電車で向うような公園に、わざわざ阪中が犬のJ・Jを連れてきたって言うのが引っかかったのよ。
いくら犬好きの阪中でも、いえ大の犬好きだからこそ、そういった場所へのお出かけには連れて行かないよう気を使うと思ったのよね」
それは実のところ、俺と古泉が気にしていた部分でもあった。しかしその理由はハルヒの考えとは全く逆で、「阪中なら、阪中ならやってくれる!」とハルヒたちに軽く流されるのではないかと、内心ひやひやしていた部分だったのだ。
古泉曰くの常識人という部分にかけたのだが、どうやら成功だったようだ。
「後は有希が気づいたの。JJRってもしかしてJ・Jの事じゃないかって。それで聞いてみたら招待状があるって言うじゃない」
やはり長門が気づいたか。まあハルヒたちに長門がいる時点で、俺たちが用意する謎なんてスフィンクスの謎かけよりも簡単になってしまうだろうと思っていたから、その当たりは想定の範囲内だな。
「御見それしました」
古泉が頭を下げる。全くだ、よく解いたもんだぜ。
「そりゃ頑張るってものよ。なにしろあんたたちのその今の表情が見たかったんだから」
俺と古泉はもう一度顔を見合わせ、お互いの表情を確認した。
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・午後五時十五分:キョン
パーティの締めとして俺と古泉からハルヒたちにそれぞれクッキーを包装した賞品を渡す。
「ありがとうございます、キョンくん」
いえいえこちらこそ。今日一日ご苦労さまでした。そして楽しかったか、長門。
「楽しかった」
「そうね、まあまあ楽しめたわ。この調子で来年も期待してるわよ!」
お前には聞いていないし言っていない。
最後に他の連中にもおすそ分けをわたし、ようやく俺たちのホワイトデー企画は終わりを告げた。
俺はみんなを送り出し、最後に鶴屋さんに会場提供と色々協力してもらった礼を告げる。
「気にしなさんなっ! わたしも特盛で楽しめたからねっ、こういう事ならいつでも大歓迎さっ!」
鶴屋さんは能天気に笑いを見せるが、ふと突然俺の腕にしがみつくと古泉に聞こえないよう耳打ちをしてきた。
「キョンくんっ、頼まれてたアレはちゃんと手配しておいたよっ」
すいません鶴屋さん、何から何までお世話になってしまって。
「良いってことさっ! 古泉くんにも内緒にしたいっていうキミの姿勢が気にいったからねっ!」
そういうものなのだろうか。
「そーいうもんさっ! で、最後の謎ときがアレに関連してるんだよねっ?」
にっこりと笑いながらも的確に痛いところを付いてくる。
「最後のって、あのカギの問題ですか?」
「さぁて、それはどうかな〜? それよりだ、最後のはちょーっちみくるには厳しいと思わないかね」
いったいこの人は何処まで頭が廻るんだ。俺は心底感嘆しつつ聞かれたことに正直に答える。
「……そうですね。ですから朝比奈さんにだけはちゃんとヒントを出しておきました」
俺の答えに納得してくれたのか、鶴屋さんは俺の背中をばしばし叩いて笑い、ようやく俺の事を解放してくれた。
「うんうん、よろしいっ! それじゃキョンくん、また明日学校でっ! 結果を楽しみにしているにょろよっ!」
「鶴屋さんと、何を話されていたんです?」
別に何でもねえよ。単なるこれからについての伏線だから気にするな。
それより古泉、今の今まで恐ろしくて聞けなかったんだが、今日の予算はいったい幾らで、その支払いはどうなるんだ。
「僕とあなたで半々、出世払いで構わないそうです。お返しなんだから当然ですよ、と森さんにきつく言われました」
そう言って封書を差し出してくる。くそっ、これほど中を見たくない封書も滅多に無いぞ。
「僕は本当にバイトを始めようかと考えています。その時はあなたもどうですか、ご一緒に」
何が悲しくて有志活動後にまでお前と顔を突き合せなけりゃならんのだ。それなら俺は勝手に別のバイトを始めるさ。
もちろんお前が俺の後から「探しましたよ」等とやってくることの無いバイトをな。
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・午後七時:みくる
「うわぁ、美味しそうなクッキーさん」
取って置きのお気に入りなダージリンにミルクを落とし、わたしは包装からクッキーを皿へと移す。
少しだけの贅沢をわたしが満喫しようとしていた時、それはクッキーと共に皿へと現れた。
「……あれ? 何だろう、このカード?」
二本の指でつまみ挙げてカスを払うと、わたしはカードに目を落とした。
『R=18、D=4』
……え、これって何?
わたしはクッキーをかじりながら不思議なカードに首をかしげていた。
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・翌、午前零時三十分:鶴屋
「いやぁ、みなさんお疲れさん!」
引き上げてきたメンバーに労いの言葉と飲み物を持ってわたしは報告を待った。それでどうだったかなっ?
「ちゃんと本人の手に渡りましたよ」
渡した飲み物を飲みながら警備員の格好をした男性が答える。
「わたしの方も確かにお嬢さんへお渡し致しました。時間ギリギリでしたがね」
初老の男性がそれに続ける。どうやらちゃんと気付いて取りに来たようだね、わたしは嬉しいよっ。
「彼女も取りに来ましたよ。暫く残っていたようですが、わたしが気付くように見回りを始めたらそっと抜け出していきました」
うんうん。これで全員完了っさね! いやはやほんと、みんなお疲れさん!
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・翌、午後三時五分:キョン
カーニバルというには名前負けしそうなイベントだったホワイトデーも無事に終え、今日からまたSOS団は通常運転となった。
バレンタインデーの時のようなゲリラ的なイベントを起こすでもなく、団長はのんびりとパソコンに向かい相変わらずワールドワイドな謎探索に精を出し、長門は俺がイベント用に借りてきた『なるほど解決! ゼロから始めるコンピュータ』を読みながら時折空中でタイピングを行い、朝比奈さんは紅茶葉とシナモンミルクを手にゴールデンルールとか完璧な一杯とか呟きながらメモとお湯を交互に見つめ、俺はそんな三者三様な姿をのんびりと眺めながら鉛筆を弾いて古泉の戦闘機を一機、また一機と撃墜していた。
「まるで間違い探しですね」
古泉が小さく呟く。何の話だ。この椅子が今日に限って何だか微妙にすわりが悪い事か?
「それはそれで気になりますが、そうではありません」
言われなくても判ってるさ。俺は古泉の姿を視界から外しつつ、こいつの言う間違いとやらをゆっくりと辿っていった。
「いやはや、全く気がつきませんでした。いつの間にあんなネタを仕込んでいたんですか?」
まさにお前が気づかないうちに、だ。俺はいつも通りの表情で答えると、視線を戦場に戻してから鉛筆を弾き、古泉軍最後の一機だった戦闘機を撃墜した。
当事者でない古泉が気づくぐらいだ、既に他の三人も気づいているのだろう。だが朝比奈さんも長門も、そしてハルヒすらも何も言わない。
だから俺も、そして古泉もそれ以上は何も言わなかった。
今日もまたいつも通りのんびり時は過ぎていく。
今日から新たに加わった、白と、銀と、金色の、三つの間違いと共に。
- 了 -
(おまけ)