キョンの消失 四日目・午前四時五十五分 |
_ | _ | - * - 朝比奈さん(大)に一日前の世界へ連れてこられた俺は、制服姿で一人夜の公園を訪れていた。 どうやら昨日、つまり俺が今いるこの時間、実はハルヒの力によって時間平面の改変が行われていたらしく、俺はそれを再改変するという大役を任せられてしまった。 行われていたらしいと言いよどんでいるのは、俺もその改変に巻き込まれていたからであり、それが実際どんな改変だったのか俺は全く教えられていない。 朝比奈さん(大)に聞いてもいつもの答えしか返ってこず、だがその時に少し悲しそうな表情を浮かべていたのが俺の心に大きく残っていた。 先ほど公園前で、この時間の長門に一丁の銃を渡された。 俺はこれを改変者に撃ち込むだけで、時空の再改変自体は長門がやってくれる事になっている。 だったら全部やってほしい気もするのだが、どうにもこの一発を改変者に撃つ事だけは俺がやらなくてはならないらしい。それが朝比奈さんの「規定事項」なのだそうだ。 全く持って物騒な話だ。ただの一高校生に銃撃戦を望まないでほしいよ、本当。 さて、悲しそうな朝比奈さんの表情に並んで、俺には気になる事がもう一つあった。 公園前でこの銃を渡してくれた長門は、かつて朝倉と対峙した時の様な雰囲気を俺に発してきていた。 簡単に言えば敵意である。 「どうしたんだ長門。何か俺、お前にまずい事でもしたか」 俺の問いに長門は首をわずかに振り否定する。 「あなたは間違っていない」 それだけ言うと、長門はその視線で俺に公園へ行けと強く訴えてきた。 ダメだ、どういう事だか今の長門には取りつく島が無い。長門とのコミュニケーションを諦めた俺は、銃をポケットに隠すと公園へと入っていった。 目の前には北高の制服を着た少女が立っていた。 ポニーテールにまとめあげられた髪型が恐ろしく似合っており、十人以上の容姿も伴っていて、集合体の中で頭一つ出たぽつりと光る存在のように感じ取れた。 「……お前がジョンか。なんだか冴えない男だな」 少しだけ驚いた表情をみせる少女の、その腕の中には別の少女が抱かれている。 意識が無いのか、抱かれた少女は自分で身体を支えることもせずに、ポニーテールの少女に身体をくったりと預けていた。 ポニーテール少女はこれ以上無い優しい表情で抱いている少女の頭に手を添える。 黄色いカチューシャをなぞり、肩口で切られた髪をすき、その頬をそっとなでた。 「ハルヒに何をした」 俺をジョンと呼んだ事も気になるが、そんなのは後回しにする。 まず俺がすべき事は、そこでポニーテール少女に抱かれているハルヒの安否を確認する事だ。 何故ハルヒがここにいる。一体どういう事なんだ。 「大丈夫、眠ってもらってるだけさ。これからの事をハルヒに見られるのは、わたしにとってもお前にとっても宜しくないだろ」 少女は抱いていたハルヒを傍のベンチに優しく寝かせながら、ぶっきらぼうに答える。 その少女の姿に、俺は何か引っかかっていた。どこかで見覚えがあるような、そんな感じが付きまとう。 だがそれが誰なのか思い出せないし、それに今は思い出している余裕も無い。 俺は隠していた銃を取り出し、両手で少女に向けて構えた。 だが少女はその銃を見た途端、怯えるでもなく強がるでもなく、まるで記憶を手繰る老人の様な遠く優しい眼になりぽつりと何かを呟いた。 だが、そんな感慨深さを浮かべたのも一呼吸する程度の時間で、少女は様々な感情を混ぜ合わせたドドメ色の様な複雑な眼差しをこちらに向けてくる。 そんな表情を浮かべながら、少女はあまりにも突然な質問を投げかけてきた。 「ジョン。……お前、ハルヒが好きか」 あまりの質問に、俺の動きが全て止まる。もしこれが俺の隙を突く作戦だったのならば見事に成功していた事だろう。 だが少女は何もしてこなかった。ただじっと俺の答えを待つだけだ。 かつて自分に投げかけた質問を思い出す。俺にとって、ハルヒとは何か。 「……ああ。俺自身まだよくわかってないが、多分、好きなんだと思う」 何故だろう。俺はどうとでも言えた質問に対し、気づけば今の正直な気持ちを述べていた。 「そう」 微笑むような、悲しむような、色々と混ぜあったような感情を浮かべ。 少女はそれでも満足そうに頷くとハルヒからゆっくりと離れだした。 俺の銃の射線軸上からハルヒを外したあたりまで動き、ポケットから鈍く光るモノを取り出す。 それはかつて二度俺の命を奪いかけた、俺がもう一生見たくないと思う物品ランキングにおいてダントツ一位を取る代物だった。 アーミーナイフを手にし、さっきまであれほど友好的に思えていた少女が厳しい視線を向けてくる。 「どうした、撃たないのか」 少女がナイフをすっとこちらに向け、ゆっくりと近づいてきた。 「お前がわたしを撃たなきゃ、わたしがお前を殺す」 その通りだ。だが、どうしても躊躇ってしまう。 人に向けて銃を撃つなんて行為、良心がある奴なら誰だって躊躇うはずだ。 カマドウマや、せめてあの時の朝倉ぐらい人間でないと感じられればいけるかもしれない。 だが、彼女から感じるものは違う。どこをどう見てもただの人間にしか思えないのだ。 いやむしろ自分に近いものすら感じる。 少女はナイフを握り締めながら、にっこり笑って話しかけてきた。 「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」 そして今度は腰にゆっくりと構え、暗く濁った笑みを浮かべる。 「長門さんを傷つけるやつは許さない」 二度と聞きたくも無いアイツの台詞を聞かされ、一瞬にして全身に血が駆け巡る。 「ジョン、今の気分にはどっちの台詞がお望みだ?」 体制を戻し、少女がナイフに口づけを与える。 引き金を引きかけ、それでもどこかで心の安全装置が銃を撃つ行為に制止をかけてきていた。 だがそんな俺の姿に少女は冷たい目を放つ。 「……ここまで挑発してるのに、まだわたし撃つのを躊躇ってるのか。 やれやれ、期待はずれもいい所だな」 そう言い捨てると今度は無防備に俺に近づいてきた。俺は銃を更に向けるが、少女は気にも留めない。 そのまま傍まで近づいてくると、少女は空いた平手で俺の頬を思いっきり引っ叩いてきた。 「ふざけるな! 言ってやるが、その気持ちは優しさなんかじゃ決してない。 今のお前は、ただ自分可愛さにダサい臆病風にふかれてるだけだ!」 驚く俺に、少女は俺のネクタイをハルヒのように掴むと、トドメとなる言葉を突きつけてくる。 「お前がその銃を撃たないってことは、お前は自分の感情を抑えながらその銃を渡してくれた長門の事も、胸に悲しみを抱きながらここへお前を連れてきてれた朝比奈さんの事も、全く信用してないって事になるんだ! その銃は時空改変のプログラムに過ぎない。本物の銃じゃない事はお前が一番よく知ってるはずだ。 その銃すら撃てないって言うんだったら、そもそもお前はあの時エンターキーを押すべきじゃなかったんだ。 そしてこんな馬鹿げた設定や怪しげな陰謀が渦巻く混沌とした世界じゃなく、あの長門が作った優しい世界の中で、みんなと仲良くただ平和に過ごしていればよかったんだよっ!」 何だコイツは。 何故、お前はあの改変後の『二日間』の事を知っている。 再改変の時ならともかく、あの『二日間』を知るのは俺だけのはずだ。 「お前、長門が処分されるかもと聞いた時、ハルヒをたきつけてでも救いだすと言ったよな。 立派な決意だが、あの後雪山でお前はいったい何をした? 始めて会った時からずっと、お前は朝比奈さんを魔の手から護ってみせると思ったよな。 じゃあ朝比奈さんが誘拐された時、お前はいったい何が出来た? 自分には何の力も無いとかただの一般人だとか、そんなベタな言い訳で自分を言い聞かせるだけで、お前は何もしてないじゃないか!」 何だコイツは。 何故、お前はそんな事まで知っている。 一体何なんだ、お前は。 「お前の考えなんて手に取るようにわかる。 お前が今まで口にした事、してきた事だってわたしには全部お見通しさ。 だからこそあえてお前に言ってやるよ。 結局お前は全て他人任せで、ただ楽しい所だけを味わいたかっただけなのさ。 あの時のハルヒや、冬の時の長門の様に、自ら動いてみようだなんて事は無い……退屈な男さ。 ハルヒや長門や朝比奈さんや古泉に甘えるのも、いい加減にしろっ! ジョン=スミスっ!」 そう言って少女がナイフを胸に突き出してきた。刃が俺の身体に触れるが、俺は避けられなかった。 決定的なまでに急所を衝かれたせいだ。ナイフにではなく、少女の発した言葉によって。 俺は少女のナイフを避ける事すら全く考えてなかった。 ナイフの柄が身体に当たった衝撃を受け、俺は何かを叫びながら少女に向けて引き金を引いていた。 そして身体に受ける衝撃の中、俺はここへ来るまでの事を思い出していた。 _ | _ |
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