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起因
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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 帰りのホームルームを終え放課後を迎えたある日の事。さて今日もまた惰性的に部室へ行こうかねと後ろを振り向くと、ハルヒが文庫本を枕にして机に突っ伏していた。
 どうした。お前が待ち望んでいた放課後だぞ。それとそんな扱いしたら文庫本が傷むぞ。
「うん……何だかちょっと熱っぽくてね。今日は帰るってみんなに言っておいて頂戴」
 珍しく体調不良を訴えてくる。ハルヒを参らせるウィルスがこの世にあったとは驚きだ。
「うるさい。とにかく今日は帰るわ。じゃあね」
 ああ、お大事に。帰りに拾い食いとかするなよ。俺はゆっくりと静かに歩くというレアなハルヒの姿を見つめ、その背に小さく手を振って見送りだしてやった。


 ハルヒが不調を訴えた事を「レア」だと思った時点で、俺は気づくべきだった。
 この時、既に何かが起こり始めていた事に。


 文芸部室を訪れた俺は朝比奈さんとのドッキリハプニングを避ける為、至って紳士的に扉をノックする。しかし扉の向こうから返ってきたのは「はぁ〜い」という朝比奈さんの甘く蕩けそうな言葉でも、古泉の「少々お待ちください」という社交辞令ばった言葉でも、長門の「…………」といった無言の応答でもなかった。


「どうぞ」
 扉の中から少し高く澄み渡る、それでいて凛とした女性の声で入室許可が示される。
 聞き覚えの無い声に頭をひねりながら、俺は声の示すとおりに扉をそっと開けた。

 部屋の中央にパイプ椅子が置かれ、そこに見知らぬ黒衣の少女が座っていた。
 腰まで伸びる黒い長髪は差し込む光で天使の輪を作り出し、その顔は公正に判断しても美人に入る部類である。唯一、前に垂らされた一房の髪に結ばれたピンク色のリボンだけが黒一色の中で色彩を放っていた。

 少女の後ろに従うよう、一歩隣には少年が立っている。やはり見覚えは無い。
 少年は黒衣の少女と違い制服らしい服を着ている。だがその制服は北高のものではなく、また俺の乏しい知識が知るどの高校の制服でもなかった。見たこと無い制服だという事以外は特に外見的に目立った特長は無い少年だが、こちらも唯一目を引く部分がある。黒衣の少女とお揃いにしているのか、少年もまた水色のリボンを鉢巻のように頭に巻いているのだった。

「事後承諾になるけど、お邪魔させてもらっているよ」
「こんにちは。あなたがこの文芸部の責任者でいらっしゃって?」
 少年の挨拶に続き、黒衣の少女が問いかけてくる。
 一体これは何だって言うんだ。またしても俺はトラブルに巻き込まれたのか。
 心のどこかでそんな現状を認識し、俺は目頭を押さえて首を小さく振った。


「……もしもし、聞こえていますの? 聞こえているのでしたらわたくしの質問に答えていただけませんでしょうか」
 あぁ、悪かった。部屋へと入りカバンを置きながら俺は答える。
「文芸部の責任者は俺じゃありません。長門という一年生です。ですが──」
 俺はこの整然とした混沌状態の部室をざっと指差しながら説明した。

 黒衣の少女がこの部屋の異常性について聞いているのならば、現在この部屋はとある非公式団体が見ての通り寄生している状態であり、もし万が一ひょっとしてそちらに用があるとした場合、責任者、いや責任を取ってるかどうか全く以って怪しいので責任者という表現はどうかと考えてしまうがそれはともかく、この混沌たる部室とそこにたむろう異能集団を取り仕切る、全く以って団体名を語る事すら恥ずかしいその一国一城の主をあげるとするなら、それは当然この人物に他ならないだろう。


「──ハルヒです。涼宮ハルヒ」

「だ、そうだよ。知ってるかい、光明寺」
 少年が黒衣の少女に尋ねる。光明寺と呼ばれたその少女は、その白い肌の指を一本だけのばすとこめかみに当てて考える仕草をとる。
「……生憎と存じませんわ。ですがその涼宮ハルヒさんですか、このただ事ならぬ部屋がそのお方の仕業だというのならば、よほど凄いEMP能力者だと思われます」
 黒衣の少女が少しだけきつい眼差しを見せて部屋を見渡す……って、EMP能力者?
 何だか微妙に聞きなれない単語だ。ESP、つまり超能力なら知っている。ついでに自称超能力者も該当するヤツが一人いる。それとは違うのだろうか。
「まあ似たようなもんだね」
「違います」
 二人の意見がきれいに分かれた。いったいどっちなんだ。

「同じと括って良いモノならばわざわざ別称などつけません。つまりEMPはEMPでありESPとは違うものなのです」
「光明寺。キミの思考、少しずつ班長さんに似てきてるよ。朱に交われば何とやらかい」
 少年の言葉を無視し黒衣の少女は更に続ける。
「ついでに申し上げるのならば、あなたからEMPの気配は全く感じ取れません。あなたはただの一般人です」
 そんな事はわかってる。宇宙人、未来人、超能力者と異彩放つ三人からのお墨付きだ。
 それよりもわからないのはお前たちだ。そんな訳で俺からも一つ訪ねさせてもらおう。
「構いません。わたくしの知る知識内で答えられる範囲でしたらお答えします」
 黒衣の少女はどう見ても俺よりこの部屋の住人っぽい存在感と態度を見せてくる。例えるならば傲岸不遜。天上天下唯我独尊、傍若無人なハルヒに近い感じだ。
 俺は額に眉を寄せながらとりあえず思いつく限りの可能性をぶつけてみる事にした。

 結局お前たちは何者なんだ。とりあえず宇宙人か未来人か超能力者か、はたまたそれ以外の存在なのか。まずはそこから教えてくれ。


「まあ何て失礼なお方でしょうか!」
 俺の質問に黒衣の女性は目に見えて怒りの表情を見せてくる。その反応はまるで馬鹿にされて怒る一般人のようだ。
 ……もしかして、格好がアレなだけで実はこいつら一般人なのだろうか? 俺が失敗したかと考えていると黒衣の少女は指を突きつけて怒り出した。
「未来人や超能力者はともかく、宇宙人に例えるとはどういう所存ですか。あなたの常識と言うものを疑いたくなりますわ。
 わたくしを見てこれは何の撮影か、それともどっきり撮影かとか、そういう疑い方をするのでしたらわかります。わたくしはわたくしの容姿が、人より多少なりとも好感が持てる姿を持っている事を理解しています。それは言うなれば自然の理、懐疑的になるのも仕
方がない事と言えるでしょう。
 ですが。このわたくしを、よりにもよって銀色の頭でっかちやイカタコの発展系と同列に並べるという、その常識外れた思考はいかがなものかと思いますわ。ここはわたくしが怒っても当然の場面、その結果あなたに突然不慮の事故が発生したとしてもそれは身から出た錆と考え、どうぞ清潔な白いベッドの上で自戒してくださいませ」

 そう言って黒衣の少女がこちらに向けて指を指す。と、その伸ばされた腕を少年が後ろからそっと抑えた。
「そんなむきになるなって、光明寺。俺たちも言ってしまえば謎の生命体のような存在じゃないか」
「全然違いますわっ! 少なくともわたくしは──!」
 二人の掛け合いを見ながら考える。どうやら失敗したわけではないようだ。
 宇宙人に対しての認識は常識人っぽい事を言っているが、未来人や超能力者に関しては「ともかく」と一言で流せるようなヤツらだった。つまりこの連中はその系統の人間であり、また何か始まったのかと俺は二人を見ながらがっくりと肩を落とし溜息をついた。

 俺のこの憂鬱気分、誰か何とかしてくれないもんだろうか。


- * -

 二人の喧騒を尻目に、俺はこういう時の切り札をいきなり使う事にした。
 あまり長門に頼るのもどうかと思うが、どう考えてもこいつらがSOS団を巻き込む事になるのは目に見えている。それなら相談ぐらいしておくべきだろう。先日の朝比奈さん誘拐の時のくじ引きで、その辺はイヤというほど思い知らされたしな。
 ついでに一度やってみたかった事でもあるので丁度いい。

「長門、今すぐ部室に来てくれないか?」
 俺は首をやや上に向けて、天井を見つめながら言葉を出した。手に携帯でも持っていれば誰かと話しているように見えるだろう。だが俺は携帯をかけている訳ではない。
 ただ何も無い中空に語っただけだ。

「……へぇ、やるねぇ。アポーツ能力かい? それなら俺も」
 そう言って少年がすっと手を前に伸ばす。ポンという小気味良い音がすると、少年はいつの間にかボールペンを手にしていた。
「うーん、やっぱりうまくいかないね」
「あなたのその子供だましな手品と比べているのでしたらレベルが違いますわ。それであなた、今一体何をしたんです?」
 ボールペンをもてあそぶ少年に一度突っ込みを入れた後、黒衣の少女が訝しげにこちらを伺う。
 何をしたかと聞かれても別に……ああ、さっきの長門への呼びかけか。いきなり手品なんて見せられたからすっかり忘れていた。
 いや、何でもない。こうやって俺が呼ぶだけで知り合いが飛んできたらちょっと面白いかなと思っただけだ。

 俺の言葉に、しかし黒衣の少女は表情を崩さない。
 少年は少年でそんな黒衣の少女を見つめながら微笑み続けている。気づけばボールペンは既に手にしていなかった。
「あなたに聞いたのではありません。この人の言う通り、あなたが呼び寄せたかもと考えもしました。ですがわたくしなりに何度チェックをしてみても、あなたからEMP能力は全く感じとれません。という事は、いくらあなたが思わせぶりに何か行動を起こしても、それによって起こった行為があなたの仕業で無い事だけは事実なのです。
 ですからわたしはあなたにではなく、あなたの後ろに現れた、そちらの物静かな女性に尋ねているのですわ」

 は? 後ろ? そう言われて俺が振り向くと、
「…………」
 そこにはいつの間にか長門が立っており、無言でじっと俺の事を見つめていた。
 正直に言おう、本気でびっくりした。
 思わず悲鳴を上げたりその場で飛び上がったり失禁したりしなかった事をどうか褒めてもらいたい。
 そして長門よ、頼むから無音で俺の背後に立つのだけはやめてくれ。この調子で驚いていたらそろそろ一回ぐらい心停止を起こしそうだ。

「…………」
 俺が何に驚いているのかがわかっていないのか、長門はただ首を数ミクロン程横へ傾けながら見つめてくる。
 まあいい。人間が驚くアルゴリズムなんてものを長門に説明しようものならばその話題だけで今日一晩徹夜してしまいそうだ。それはまた今度機会があったときにでもしよう。今はとりあえずおいておく。
 それよりも長門。もしかしてもしかすると、お前は俺が呼んだ声を聞きつけて部室までかけつけて来てくれたのか?
「わたしの取れる、考えられる限り最速の手段で来た」
 廊下に上履きで作ったドリフト痕が無い事を俺が祈っていると、長門はすっと俺の前に立ち闖入者たちを見つめだした。
 ややあってから再度俺に向き直る。

「物理、精神、情報、その全てにおいて防御障壁が展開されている。解析不能。発生源はリボンと思われる」
 何だそりゃ。まさかあのリボンが情報統合思念体からの力を上回るって言うのか。
「そう」
「……何人たりとも、このリボンに籠められた力を打ち破る事はできませんわ」
 黒衣の少女は俺たちを見つめながら、優しくリボンに手を添えた。
「このリボンは……二度と戻る事のないわたくしたちに対して、わたくしの親愛なる友人が贈呈してくれた大切な物。そう、彼女のばりやーは────無敵です」

 よりにもよってばりやーかよ。もっとイージスの盾とかそういう表現は無かったのか。
「ありませんわ。ばりやーという名前は、この失くしたはずのリボンを渡してくれた、わたくしの敬愛すべき親友がつけた名前。彼女の意思を尊重する事に比べれば、名称のチープさなど全く以って問題ではありません」
 黒衣の少女がリボンに静かに触れながら優しく微笑む。その表情は谷口でなくても最高ランク評価を与えたいぐらい、正直に言って可愛かった。

「とまあ、そう言う訳さ。それに彼女のはともかく、俺のはただの盾じゃないしからね。イージスの盾と呼ぶいう呼称はちょっと変かな」
 少年が水色のリボンを指して続ける。黒衣の少女は少年に厳しい視線を送ると一喝した。
「わざわざ手の内をばらしてどうするのですか、あなたは!」
「別に彼らは敵じゃないんだから構わないと思うね。それに万が一彼らが敵だったとして、俺たちじゃどうがんばってもあの子には勝てないよ」

 少年は肩をすくめた後、こちらへ改めて向き直る。
「さて、そろそろ重要な事を話そうか。実は俺たちはわざわざこの部室を訪れたくやってきた訳ではない。俺たちは気づいたらこの部室の前に立っていたんだ。
 俺も彼女も生憎と偶然って言葉は信じないタイプで、つまりここにこうして俺たちがいるのは何らかの必然なんだと、俺は思う。
 では何故俺たちはここにいるのか。これから俺たちはどうしたらいいのか。キミたちの知恵を貸していただきたい。
 俺たちは何の為の登場人物なのか、それを解き明かすために」

 少年はターン終了と言わんばかりの視線を投げつけてくる。さてこれは一体何の前兆だ。
 俺は一旦長門を見つめ、そして再び闖入者たちへと視線を戻した。


- * -

 部室のドアがノックされる。部室内にいるメンバーを見渡し、仕方なく俺が応対に出ると
「あぁ、あなたでしたか。ちょうど良かった。涼宮さんは?」
 我らSOS団きっての自称超能力者が、いつもより笑みを三割ほど減らして聞いてきた。
 ハルヒなら今日は休みだ。体調不良だって言って帰ったぞ。
「体調不良……やはりそうですか。ちょっと失礼」
 古泉が扉から離れて携帯を取り出し、何処かへと電話をかける。どうした、また何処かで閉鎖空間でも発生したのか。
 部屋の連中に聞こえないようにと、俺は廊下へ出て扉を閉める。
「まだ僕にもわかりません。ですが、何だかおかしいんです」
 携帯に何か一言二言だけ告げると、古泉は携帯をしまいながら告げてきた。

「涼宮さんの精神波が今までに無い波長を示しています。閉鎖空間を発生させている時の感覚にも似ているのですが……実際のところはわかりません。閉鎖空間が発生したと言う報告も今のところは受けていません」
 なるほど、それでハルヒを確認しようとしたわけか。
「ハルヒのヤツ、熱っぽいとか言ってたな。案外アイツの病気が影響してるんじゃないのか?」
「いえ、涼宮さんが熱病やその他病気にかかった時にも確かに閉鎖空間、そして《神人》は発生していました。ですが今回の様な不完全な感知なんて前例がありません。少なくとも僕は知りませんし聞かされた覚えもありません」
 それなら一体何が────とそこで俺は今回のイレギュラーな存在たちを思い出した。


「古泉、EMPって言葉に心当たりないか」
「EMPですか? ……いえ、残念ですが。それは一体」
「俺にもわからん。だがそれが今回の件に関わっているのはおそらく間違いない」
 俺はそう言いながら、古泉にあの二人と会わせてやろうと部室の扉を開けた。

「こんな状況でわたくしたちを放って、一体何をなさっていたのですかあなたは!
 こちらのお方は何を話しかけても我関せずと、先ほどから本を読んだまま全く反応を示しませんし! 全く以って不愉快この上ありませんわ!」
 黒衣の少女が俺の姿を確認するなり指を突きつけて指摘してくる。視線を横に走らすと、長門はいつもの位置でいつもの様に分厚い本を読み始めていた。
「まあまあ、彼らには彼らの事情があるんだろうって。それよりどうだい、お茶でも飲みながらオセロでも」
 少年は給湯設備を一瞥しながら棚を漁り、俺が持ってきたオセロを取り出していた。
「あなたはあなたでもう少し遠慮と言うか危機感を持つべきですっ! 罠でもあったらどうするおつもりですか!」
「部室に罠を仕掛ける部活なんて滅多にないよ。そうだな、<黒夢団>ならありえるかも知れないけれどね」
 悪びれもせずに答える少年。少し目を離しただけで部室内は大騒ぎ状態になっていた。

「……えっと、彼らは一体?」
 流石に引きつった表情を浮かべながら、古泉が俺に説明を求めてきた。
 俺に答えを求められても困る。

「すいませぇん、お掃除が長引いて遅れました〜。……あれ、キョンくんに古泉くん。二人して廊下に突っ立ってどうしたんですかぁ?」
 入口で立ち尽くす俺たちにエンジェルボイスが投げかけられる。俺は声のした方を振り向き、我が青春の理想郷である朝比奈さんをじっくり見つめて心技体全てを癒すと、とりあえず古泉と朝比奈さんを部室に通してから緊急会議を開く事にした。


 何かが起こっている。この状況はそれを承けた結果に過ぎない。珍客二名に視線を送りながら、俺は体調不良を訴えてきた元気のないハルヒの顔を思い出していた。



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