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継承
北高を出よう!
Specialists Of Students VS EMulate Peoples.
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 黒衣の少女は光明寺茉衣子、少年は観音崎滋と名乗った。
「さっきの光明寺の考えで言うと、俺たちがこの名前を使っていいのか実に悩むところだけれどね」
「わたくしは生まれた時から光明寺茉衣子です。ですからわたくしが光明寺茉衣子と名乗っても何も問題はありません」
「ま、名前なんてただの記号だと言うヤツもいる事だしね。別に俺も構わないさ」

 そんな禅問答のような自己紹介の後、俺はお盆にお茶を持ってきた朝比奈さんに尋ねた。
「そうだ。朝比奈さん、ハルヒの家って知ってますか?」
「え、あ、はい。知ってますけど、どうしてですか?」
 最後に古泉へお茶を渡してお盆を抱きかかえると、朝比奈さんは俺に興味を示す純粋無垢な瞳を向けてきた。ちなみに今日は衣装に着替えてない。来客者がいるのもあるが、俺なりに考えがあって、着替えるのを待ってもらった。

「知ってるなら話は早いです。実はハルヒのヤツが調子悪いって言って帰りまして」
「え……涼宮さんが?」
 俺は朝比奈さんにハルヒの状態を伝えた。そして俺なりに考えたその原因も。
 古泉の言葉を信じる限りハルヒの体調不良は《神人》関連、つまりは古泉サイドがらみとみて間違いないだろう。その場合ハルヒに必要なのは休息や医者などではない。《神人》を何とかするための力だ。

「朝比奈さんにはハルヒのお見舞いに行ってもらいたいんです。できれば今からすぐに。
 俺たちとの連絡係もかねて、ハルヒの様子を見ていてもらいたいんですよ」
「ふふっ、キョンくんったら素直じゃないですね」
 朝比奈さんは少しだけ成長したやんちゃな弟を優しく見守るお姉さんの様な表情を浮かべて俺の事を見つめていた。何かもの凄い誤解をされているようだ。
「わかりました。そういう事でしたら、みなさんの分もちゃんとお見舞いしてきます」
 朝比奈さんはお盆を片付け帰り支度を整える。一瞬ナース服に目をやりつつ悩んだのが何ていうか朝比奈さんらしい。これ着て看護したらハルヒが喜ぶと思いますよ。
「やっぱり、そう思いますよね。それじゃこれ借りていきま〜す」
 ナース服とカバンを持ち、朝比奈さんは部室を後にした。これでハルヒの方に何かあれば朝比奈さんがすぐに連絡してくれるだろう。

 観音崎が一連の動作を見つめ、光明寺に視線を移し、最後に俺に向かい合った。
「……今の人、何でナース」
 おっと、それは禁則事項だ。聞くな。


「なるほど。あなたがここでの高崎兄の役割なのですね。しかし無能者な存在であるという部分まで同じとは」
 光明寺が頷く。無能で悪かったな。そして誰だそいつは。これ以上まだ誰か増える予定があるとでもいうのか。
「いえ、こちらの話です。お気になさらず」
 多少気にはなるが気にするなと言うのなら放っておこう。こっちは既に山のような懸案事項で思考が飽和状態だからな。
 さてどうするかね。俺はとりあえず手持ちのカードを思い切りよく切ってみる事にした。

「まずはそちらに聞きたい。閉鎖空間、そして《神人》という言葉に心当たりはないか」
「ちょっ……!」
 流石に古泉が止めようと動くが、俺はアイコンタクトでそれを制止させる。
「閉鎖空間、《神人》……いえ、どちらも存じませんわ」
「《神人》は知らないけれど、閉鎖空間と呼べそうな状況なら知っている」
 またしても意見が分かれる。だからどっちなんだ。
 俺があきれながら突っ込もうとしたら、光明寺も観音崎の意見に対して意外だといった表情を浮かべていた。

「あなた、知っているとはどういう事ですの?」
「どうもこうもないさ、光明寺。キミもよく知ってる場所だよ」
「わたくしが? それはいったい何処ですの。わたくしはそういう勿体ぶった言い方は嫌いだと前に申し上げたはずです」
 光明寺が更に聞き返す。観音崎はそうだったねと微笑むと

「俺たちのいた学園だよ。あそこはEMP能力者が数多くいた為、学園全体は物理的、能力的にある種の結界が展開されていた。想念体だって学園内にのみ発生して外には出ていかない。全てひっくるめて、あそこは閉鎖空間だったじゃないか」
 観音崎は主に光明寺に教えるように答える。あまり事情が飲み込めないが、どうもEMPと呼ばれる謎の能力者が集う謎の学園がどこかにあるらしい。知ってたか、古泉。
「いえ初耳です。……そして実に興味深い話です」
 そして視線を長門へ送る。
「創作文献で読んだ事はある。でもこの世界においてそのような学園の存在は知らない」
 まあ超能力学園だなんて設定があるなんて、どう考えたってファンタジー小説の世界だよな。
「全く同感です」
 お前が言うな、超能力者。


- * -

 その後、彼らと古泉の情報提供と腹の探りあいが一時間ほど続いたのだが割愛する。
 こいつらが何を言っているのかわからない事の方が多かった事もあるし、古泉なりに解釈したEMPの定義についてなど今回の件に必要ない部分もかなり多かったからだ。

 その間二回ほど朝比奈さんから連絡があり、ハルヒの状態が伝えられる。
 どうも家の人がいないらしく、ハルヒは一人で寝込んでたという。朝比奈さんを看護に送りだして正解だったようだ。
『えっと、何か身体の中で知らない人が暴れてるみたいな、そんなイライラする感じらしいです。私にはよくわからないんですけど、キョンくんわかります?』
 すいません、何が言いたいのか全然わかりません。病状に関してはとりあえずおいておく事にし、俺はハルヒに電話を代わってもらえるよう告げた。

『……何よ』
 とりあえず生きてるみたいだな。何だかよくわからん病気みたいだがとっとと治せよ。
『ふん、あんたに言われるまでも無いわ。こんなの一過性、大した事なんて無いんだから。見てなさい、明日のSOS団課外活動までには絶対完治してみせるわよ』
 そうか、そいつは頼もしいな。だが明日も体調悪かったら無理せず休め。一時の意地で体調を更に悪くしたりしてみろ、それこそ団員みんながお前の事を心配するぞ。
『……それも、あんたに言われるまでも無いわ』
 そうか、そうだったな。それじゃあ、今日はゆっくり寝てろ。病人のわがまま範疇内なら朝比奈さんに色々頼め。朝比奈さんも頼られるためにそこへ行ったんだから。
『……あんたに』
 あ、そうそう。もし明日治ってなかったら団員全員で見舞いに行くから。それじゃ。
『な! ちょ、ちょっと待…!』

 ぷつっ。ハルヒの叫び声を聞かず俺は通話を切り、ついでに電源も切っておいた。


- * -

 さて、情報提供の〆として行われた古泉の長ったらしく遠まわしな解説から、なんとか俺が理解できた事だけを述べていこう。

 彼らはEMPと呼ばれる能力を持ち合わせている。それは思春期の少年少女にのみ現れる、まさに不思議な能力なのだそうだ。
 その力や、テレポートやサイコキネシスといった世間一般で言われている超能力のような力から、おみくじで必ず中吉を引くといった何の役に立つのか全く持ってわからない能力まで多種多様。また一人で何種類の能力を持つ者もいるという。
 能力が現れる人間はまれで、世間ではEMP能力についてトップシークレットとなっている。また時期は人によってまばらだが、平均して思春期を終えるころになるとEMP能力は消失してしまう。これは今のところ例外無しの事項だそうだ。

 さて、世間一般の目には秘密にしておかなくてはならないEMP能力。それが発動してしまった少年少女たちは政府が秘密裏に運営するEMP専用の全寮制学園に編入させられる。それが彼らのいたEMP学園なのだそうだ。

 彼らのいた学園の状況は、古泉の背後関係である『機関』によく似ていた。
 彼らの不思議能力は時として『想念体』と呼ばれる謎の存在を生み出すという。生徒たちが放射する不思議な精神派が寄り集まり形を持つようになった存在、想念体。彼らの定義で言うのなら、《神人》はハルヒの能力が生み出した一種の想念体と呼べる事になるだろう。
 想念体は基本的に迷惑な存在として認識される。人を襲ったり物を破壊したりといった破壊活動を行うからだ。そんな想念体を倒し学園と生徒を守る為、対想念体の能力を持った人間には対想念体業務が割り当てられる。
 そして俺の目の前にいる黒衣の少女、光明寺。彼女は高いカウンター想念体能力を持っているのだそうだ。ちなみに観音崎の方はどんな能力を持っているのかはぐらかされた。

「まったく……見世物ではありませんでしてよ」
 そう言いながら、光明寺は自分の指先に蛍火の様な光の弾を生み出した。同時にリボンが淡く光りだし、光明寺の身体を薄いオーラが包み込む。あれがリボンのばりやーか。
「なるほど。感覚的に感じ取れるのですが、この蛍火は僕のあの紅い超能力に似ています。
 これはあくまで僕の推測ですが、この力でも《神人》にダメージを与える事は可能ではないかと思われます」

 古泉が蛍火を見つめながら答えた。
 まあ予想していた通りだ。そうでなければ彼らがここに存在する理由が思いつかない。
「そうだね。それが俺たちの必然なのだろう」
 観音崎がすっと手を伸ばし、ぱちんと指を鳴らす仕草を取る。次の瞬間にはその手に小さく包まれた飴玉をつまんでいた。
 だから何なんだその手品は。長門がさっきから微妙な好奇心を見せているじゃないか。


「必然とは、どういう事ですの」
 光明寺が尋ねてくる。だがそれには俺ではなく彼女に付き添い立つ観音崎の方が答えた。
「必然は必然さ。俺たちがこうしてこの場所に立っているのは、まず間違いなく彼らのトラブルを解決する為なのだろう」
「でしょうね。彼らが訪れたのはおそらくは何者かの──そう、僕たちの力が遠く及ばない何者かの力によってでしょう」
 モザイクをかけて語っているが、古泉が言いたい事は一つだろう。
 つまりこれもまたハルヒの望んだ結果だと。


「長門。閉鎖空間、《神人》、あるいはそれっぽいのが発生している場所があるか」
 俺の問いかけにしばし長門が目をつぶる。こう見えてもの凄い力を使いもの凄い勢いで索敵しているのだろう。その証拠に、目の前の二人からいきなり余裕の表情が消えうせた。どうもこいつらは長門の力も感じ取れるらしい。
「な……何なんですの!? こんな、こんな力が一個人になんて……ありえませんわ!」
「想像以上、だな。正直言って、彼女が人間なのかどうかすら疑いたくなってくる」
 二人のリボンが淡く輝き、主を守護する不思議な光が二人の身体を覆っているのが見て取れる。長門のハイスペックでこんな状態になるんだったら、もし覚醒したハルヒとか出逢ったら一瞬にして気絶するんじゃないだろうか。


 ピルルルルル。

 と、突然部室に電子音が鳴り響く。固唾を呑んで長門の事を見つめていただけに、この不意打ちには驚いた。それは光明寺も同じだったようで、突然の音に胸元を手で押さえて驚きをの表情を浮かべている。
「……申し訳ありません」
 古泉が電子音の原因を懐から取り出す。だが鳴り響く携帯を持ったまま一瞬俺に対して不思議な表情を浮かべて見せた。
 まるでそれは掛かって来る筈のない相手からの電話が掛かってきたかのようだ。部屋から出ようと扉に向かいながら電話に出る。
「もしもし……、え? どういう事です? ……あなたの言うことが本当か、その証明を……いえ、結構です。信じましょう」
 何を信じたのかは知らんが、古泉は足を止めると俺たちの元へと戻ってきた。
「それで……はい、覚えています。……何ですって!? そ、それは本当の話なんですか!?」
 古泉が珍しく表情を変えて驚いている。前にこいつ自身が言っていたが、こいつが微笑を隠し驚くという状態はとんでもなくまずい状態でしかない。つまりあの電話はとんでもなくまずい内容を伝えているのだろう。おそらく俺にとっても。

「……それで僕らは……はい、わかりました。すぐに対処します。……はい、わかりました。……はい」
 古泉が電話の相手に挨拶すると、そのまま通話を終えずに観音崎へと電話を差し出す。
「あなたにです、観音崎さん」
「え、俺?」
 観音崎は首をかしげながらも携帯を受け取る。そりゃびっくりするよな。
「はい、もしもし。……は? キミ誰? ……ああ。……いや、俺は……その話、本当なんだな? ……わかった。……あぁ、確かめたら渡してやる」
 やはり最後には納得をみせるとやはり電話を切らずに長門へと差し出した。おいおい、一体何なんだその電話は。
「えっと、長門さんだったよな。キミにだ」
 もう何が何だかわからない。同じように電話が回ってきていない光明寺を見ると、彼女もまた何事かわからず苛立ちを覚えているようだった。騒いでないのは自分にも電話が回ってくるかもしれないと思っているからだろう。
 長門は観音崎から携帯を受け取ると耳にあて、何故か一度だけ俺の方を見つめてきた。
「……、……、……、……わかった」
 数度沈黙の頷きの後、やはり俺を見つめて一言だけ相手に返す。アイコンタクトではなくただ単に俺を見ていたいだけのようだ。
 短い返事をした後、長門は携帯を切ると古泉へと差し戻した。なんだ、俺と光明寺は仲間はずれか。

「ちょっと何でしたの、今の電話は。何故あなたにまで電話がかかってくるのですか」
 光明寺が観音崎に詰め寄るが、それは古泉の有無を言わせぬ制止によってさえぎられた。
「すみませんが光明寺さん、その件に関しては後にしてください。それと」
 古泉が携帯をしまいつつ俺のほうを向く。何だ。
「携帯の電源が切れっぱなしでは、朝比奈さんと連絡がとれませんよ」
 忘れていた。ハルヒ対策にと切りっ放しだったんだったっけ。俺は慌てて電源を入れた。

「さて、緊急事態です。《神人》が現れようとしています……いえ、現れたようです」
 《神人》の気配を感じ取ったのか古泉が真剣な眼差しで告げてきた。長門や光明寺たちも何かを感じ取っている様子だ。
 俺は携帯の電源が入るのを確認してポケットにしまう。そして状況を尋ねようとした途端、狙ったかのようにたった今しまった俺の携帯が鳴り響いた。設定した専用の着信音、そして取り出した携帯のディスプレイに表示される名前が朝比奈さんからである事を告げている。

「あ、すいません。さっきまで電源を落としてて……」
『キョ、キョンくん! た、大変なんです!』
 俺の謝罪をさえぎり、朝比奈さんが必死の声で伝えてくる。
「どうかしましたか、朝比奈さん」
『涼宮さんが、涼宮さんが突然倒れて! 凄い熱で、わ、わたし一体どうしたら……』
 とそこで何か大きな音が電話の向こうから聞こえてくる。
『うひゃあっ!! ……え、キョ、キョンくん!? ええっ!? こ、これって一体……!?』
 妙な叫び声と共に電話が切れた。
 何だ、何があったんだ!? 俺は朝比奈さんに電話を返そうとした。

 だが、そんな俺と部屋にいるメンバーに掛けられた古泉の言葉は、慌てふためいていた俺の動きを完全に停止させてしまうぐらい、とんでもないものだった。




「ですが閉鎖空間は発生しておりません。《神人》が現れたのは閉鎖空間じゃありません。
 我々の住む通常空間────────この現実世界に、です」

 ハルヒの病状悪化、朝比奈さんの叫び、そして《神人》の顕在化。
 何処かで何かが起き、俺たちがそれを承けた結果、事態は考えた以上に急転する。



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