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キョンの消失 二日目・昼休み |
_ | _ | - * - 「それで長門。何でわたしは女になっているんだ?」 次の日の昼休み。わたしは早速部室を訪れて長門に問いただしてみた。 昨日古泉と別れてからこうして部室に来るまでの間、わたしは本当に世界が改変されているのか考えていた。 しかし自覚も予兆もヒントも無いのにわかるわけがない。一般人を自負するわたしじゃお手上げ状態だ。 そこで仕方無くわたしは宇宙一頼れる名探偵の門戸を運命の如く叩いたのだった。 読書探偵長門。彼女は普段この部室で読書を行いながら、何か事件が起こったら即座に事件にかかわる全情報を収集、そこから導き出されるたった一つの真実をあっさりと導き出すというアガサ=クリスティもコナン=ドイルも真っ青な推理小説作家泣かせの超万能探偵である。 首をちょこっと横にかしげるこの長門に解けない謎など、全宇宙を探したところで── 「…………?」 ──あー、たまにしかない。 長門は心底何の事だかわからないといった表情を数ミクロン単位で浮かべ、逆にわたしに対して無言の質問を色々と浴びせかけてくる。 つまりこれは、古泉の大胆大穴予想は全くもって大外れだったという事なのかしら。 思わず普段めったに使わない女性口調がぽろりと出てしまう。 わたしに似合わないのは百も承知だから、普段の会話では絶対使わないけどな。 「えーっと例えばなんだけど、もしかしてこの世界は何者かによってこっそり改変されていて、その改変内容が、実はわたしは本来生物学上男性だったはずなのに、何故かこうして性染色体が女性のものにされてしまっているという、そんな可能性が万が一もしかしたらどっかにあるんじゃないかなぁって思って、だな」 とりあえず無言の圧力に押されながら昨日古泉と話した内容について告げてみる。 「無い」 そんなわたしのうろたえを一刀両断するように、長門は短く答えた。 なんだ、やっぱり無いのか。つまりわたしは生まれた時から女性で間違ってなかったんだな。 「わたしの感知できる範囲において、あなたの言うような改変は全く見受けられない」 そうか、ありがとう。変な事を言い出して悪かったな。 全く、これというのも古泉のせいだ。 もしかして昨日のアレは古泉流の告白か何かだったのだろうか。 とりあえず次に奴にあったら古泉カズキに名前を変えさせて、ごきげんようなサイコロでも振らせて恋の話でもさせる事にしよう。略してコイバナ、ふむコイバナカズキでも面白いな。 だいたい世界改変がそうそう何度も起こってたら、地球の状態がもたないよな。一回改変されるたびに一体どれだけの生態系が影響を受けているかわかっているのかと、そろそろ各方面団体から苦情が殺到してもおかしくない頃だと思っている。 「………」 ふと、そこで長門が微妙な表情になっているのに気が付いた。 何かを伝えたいが、何を伝えるべきなのか、どうすれば伝えられるのかがわからない。 そんな風に見える。 「どうした、長門」 「……わたしに蓄積された全メモリにおいて、あなたは常にその姿を取っていた。 この星の記憶媒体に保存された内容を見ても、あなたの姿を今のままで捉えている。 全ての事象が、あなたの言うような世界改変など行われていないと立証している」 壁に貼られた写真を見つめながら、長門は本を椅子において立ち上がる。 そのままわたしに近づくと、長門はすっと手を小さく延ばし、わたしと視線を合わせながらも何処か遠くを見つめている眼を向けながら、わたしのセーラーの袖口をちょこんと小さく摘んできた。 「だが────わたしの中の微小なノイズが、今のあなたを否定している」 - * - 古泉と長門の意見の相違。まさに雌雄を決するわたしの正体。 普通なら迷わず長門に全額賭けるところだが、今回はどうにも様子が違う。 無いと言い切った長門ですら、何かを感じているようだった。 さて、そうなると問題になってくるのはわたしの動く理由だ。 閉鎖空間に閉じ込められた時、わたしはハルヒとこの世界に戻りたいと思った。 女同士でキスなんてやらかしたのは、今でも忘れたい記憶の一つにあげられている。 わたし以外の全てが時空改変されたあの冬の日、あの時もわたしはこの世界を選択した。 微小な表情を浮かべてわたしにアプローチをしてきた、あの長門を消失させてまで。 もし古泉の言う通りわたしが女性であるこの世界が改変された世界だとして。 果たしてわたしは、わたしたちは、どんな理由でわたしが男である世界に戻さなければならないのだろうか。 わたし自身の記憶では、わたしはずっと女性として生きてきている。 世界消失の危機も、誰かによる悪意も、世界改変に取り残された人物とかも今のところは別に感じられないし、それを感じさせる気配すら今のところ見当たらない。 つまるところ、元の世界と思われる状態に戻す理由が、今のわたしには全く無い訳だ。 それなら本当に改変が行われたのか、その理由とか、そう言ったのがハッキリするまで、こうしてのんびりしていてもいいんじゃないだろうか。 中庭にある大樹の影、小さな芝生に寝転がりながらわたしはそんな風に考え平和を満喫していた。 実際には、のんびりしている時間なんて殆ど無かったわけだが。 _ | _ |
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