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キョンの消失
三日目・朝

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 翌朝、妹がそろそろ部屋に起こしに来るだろう時間。
 私は妹の期待に反し、既に部室の前まで登校して来ていた。
 部室の扉を開けると、昨日の内に今日朝一番に来て欲しいと頼んでおいた長門と古泉、二人の姿があった。
「こんな朝早くから僕たちに用件とは……もしやあの件の事でしょうか」
 ああそうだ。お前達二人には話しておこう。
 ちなみに朝比奈さんに告げないのは、朝比奈さん(大)にお願いされたからだ。


「悪いが古泉、お前の告白は聞けそうも無い」
 わたしの言葉に、古泉はその爽やかな笑顔を崩さない。だが、崩さないだけで、かなりのショックを受けたのは感じ取れた。
「それは……本当に残念です。あなたを籠絡させる為だけに連日連夜洗練していた数多くの言葉が今この瞬間全て灰燼と帰してしまいましたよ」
 そんな言葉は枯れ木にでも撒いておけ。
 只でさえバイトが忙しいクセしやがって、連日連夜無駄に体力を減らすなバカ。
「ははは。そう言ってあなたに心配して貰えるだけで、僕の努力は十分に報われました。
 ……それで、現状はいったい」
 わたしは朝比奈さんから聞いた内容を二人に伝えた。現状と、明朝午前五時に再改変が起こる事を。

「なるほど」
 一通りの説明を終えると、古泉と長門はそれぞれ思考を巡らせているようだった。
「それで、僕たちはどうしたらいいんです。どうすればその再改変を阻止できますか」
 いや何で阻止する。話を聞いてなかったのかお前は。

「聞いていましたよ。ですが……僕は再改変には反対です。
 確かに『機関』がこの事実を知り、それが正しい世界の姿だと判断すれば再改変を望む事でしょう。
 でもそんな事はどうでもいいんです。
 今あなたに知ってもらいたいのは、機関としてではなく、僕自身があなたの消失に反対という事です」
 古泉が機関を無視した発言なんて、雪山での約束以来ではなかろうか。

「わたしも反対する」
 古泉に続けて長門も口を開く。
「あなたの言う話はあまりに不確定。何一つ論理的ではない。
 今の話は、朝比奈みくるの証言が正しいと仮定した上で成り立つ仮説に過ぎない。
 よって、あなたという存在の維持継続をわたしは主張する」

 二人にしては珍しく感情を表に出し、反対の意思を伝えてきた。
 どちらもレアすぎるイベントに、これだけで世界が滅亡するんじゃないかと不安になるぐらいだ。
「あまりにばかげています。何故あなたは自ら消失しようとしますか。あなたが消える理由など何処にも無い」
「認めない。そのような行為、わたしがさせない」
 わたしの考えを読み取ったのか、二人がなおも食い下がってくる。だがわたしは静かに首を振った。
 ありがとう、二人のその気持ちだけで十分だよ。

「確かに不確定だしばかげてると思う。だからこそ、朝比奈さんが言う通り世界が改変されているのかその調査を頼みたいんだ。そして本当に改変されていたとしたら ──」
 古泉を見つめ、長門を見つめる。
 わたしはかつて二回、元の世界を選んだ。ならば今度も、元の世界に戻す為に動こう。

 たとえわたしが消失するとしても。
「──わたしは、世界を元に戻す」
 それがエンターキーを押し元の世界を選んだわたしの、あの世界の長門たちに対するけじめだから。


「それに、そんな悲観する事も無いさ。まだわたしが消えると決まったわけでもないんだし」
 朝比奈さんのミスだったって事もある。大人になってもおっちょこちょいみたいだからな、あの人。
「だからさ。二人ともいつも通りに頼むよ、な」

 古泉。できるだけお前は笑っていてくれないか。その方がわたしも落ち着く。
「……わかりました。ですが僕が反対なのは覚えておいてください」
 わかっている。しっかりと心に刻み込んでおくよ。

 長門。お前は、まぁいつも通り空き時間はここで本を読んで待機していてくれ。
 それと調査の方はお前がメインになると思う。ハルヒの力で完璧に改変されているんじゃ、それを感知できるのはお前ぐらいなもんだろうから。
「了解した」
「頼むな」
 その言葉に長門は本当に小さく頷く。その姿にわたしは思わず長門の頭を軽くなでていた。

「おやおや、これは珍しい。できれば僕にも何かご褒美がいただけたら頑張れるんですけどね」
 後ろから早速いつもの口調で言葉がかかる。うるさい、そんな小気味良い口調で何をねだる。
 そんなに言うなら後ろからわたしを抱きしめろ。今この瞬間だけ許してやるからさ。
 わたしは振り向きもせずそう言い捨てた。

 少しして、私の脇下から両手が回され、お腹の辺りでそっと二つの手が重なり合った。
 背中にゆったりとした、それでいて文字通り包み込むような温もりを感じる。
 同時に頭をなでていた長門もわたしの胸へと軽く寄りかかってきた。
 わたしは長門を片手で軽く抱き、もう一つの手で頭をなで続けた。

 朝から一体どういう構図なんだろうね。
 妙に安らかな気持ちを分け与えられながら、わたしはただこの状況に苦笑していた。


- * -
「珍しく早いじゃない。どうしたの」
 教室で顔を合わせるなりハルヒは言い放った。
 まるでわたしが早かったら、どこかで天変地異でも起こりそうな言い方である。実際起こってるんだが。

「何、たいした事無い。今日は早起きした方がいいって朝の星座占いでやっていたのさ」
「へえ。起きなきゃ見られない朝の星座占いを見て、それを実践する為早起きしたわけ?
 随分と器用な事するじゃない」
 そういう勘だけは鋭いなお前。探偵モノなら意義ありと矛盾を突っ込まれてる場面だ。
 軽く溜息を吐きながら、わたしは今の気持ちを少しだけ正直に告げた。

「本当の事を言えば、ちょっと気分が滅入っててな。あまりぐっすりと眠れなかったのさ」
「アンタでも滅入る事なんてあるんだ」
 失礼な。このわたしの繊細でナイーブなハートはお前の行為にいつも傷ついているんだぞ。
 何だったら胸に手を当てて確かめてみるといい。でも揉むのはかんべんな。
「……ふぅん、本当みたいね。なんだったら話ぐらいなら聞いてあげるわよ。これでも団長なんだし」
 それはありがたい。そうだな、明日になっても欝だったら聞いてもらう事にするよ。

 そう。明日、な。



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